青いワンピース
国際郵便が届いた日、サオリに呼ばれた。
「正確な誕生日までは分からないけれど、DNA鑑定の結果ナトちゃんの年齢は16歳よ」
嬉しそうにサオリが言う。
「誕生日は6月14日でしょ」
「それは、君がここへ来た時の日にちでしょ」
そう、私がここに来た日を誕生日として、毎年この日にお祝いをしてもらっていた。
「それじゃなくて、君がこの世に命を授かって生まれた日が本当のお誕生日なのよ。私が勉強した大学に依頼しておいたんだけど、今の科学では残念だけど年齢までしか分からなかったの。ゴメンね」
「別に生まれた日なんてどうでもいいよ。だって私自身そのときのことを覚えていないもの」
そうサオリに伝えると、それでも貴女が命を授かった大切な日だと言われた。
「別に私なんかが生まれてこなくたって、なんにも変わらないわ」と、答えるとサオリは珍しく怒った。
もっと自分を大切にしなさいと。
「ナトちゃん。貴女に出会えて私は本当に嬉しいのよ」
そう言ってサオリは私の体を抱きしめてくれた。
休日にサオリとミランの三人で、街へ買い物に出かけた。
外見はポンコツだけどジープの内は、ことのほか快適で楽しかった。
「見た目以上に快適でしょ」
「まあ、古いのは仕方がないけれど」
「これ、フランス製?」
「いいや日本車」
「サオリの?」
「違うわよ」
「こういう、まともな整備が出来ない所では日本車が一番良いのさ」
運転していたミランが得意そうに言った。
「なんで?」
日本製の車を褒められて、ウキウキした気持ちで聞いた。
「壊れないから。それにしてもナトちゃんは日本が好きだね」
「うん。大好き!だってサオリが生まれた国だもの」
日本のことを褒めてもらえると、まるで自分が褒められているように嬉しくなる。
「いっそのこと、サオリが帰国するときに一緒に連れて帰ってもらえば?」
「えっ!いいの?」
「いいよぉ~。でも、そのためには日本語をもっと勉強しなくちゃ。もちろん、その他の勉強が優先だけどね」
「うん。頑張る!」
街に着くと、通りに車を置いて日用品や雑貨の買い物をしたあと、ブティックに入って服を見た。
「ねえナトちゃん、これどう?」
サオリが私に見せたのは、空色のワンピース。
「あーっ、可愛い!屹度サオリに似合うよ」
「私じゃなくて、貴女に」
「私?……嫌だよ、なんか女の子みたい」
「女の子でしょ」
「だって、スカートはいたことないもの……変、だから嫌」
「そうかなぁ、似合うと思ったんだけど。見てみたいなーナトちゃんのスカート姿」
「もうっ、意地悪!嫌なものは嫌なの!」
「まあ、男の人に恋するようになったら、私が勧めなくても自然にスカートを履くようになるか!」
サオリがそう言ったので、私は「スカートなんて一生履きません!」と、ベロを出してアカンベーをすると「まだ子供ね♪」と笑われた。
結局、その日はワンピースを買わずに、お店を出た。
キャンプに戻った夜、勉強の合間に外に出て星を眺めていた。
風が冷たい。
広い空にぎっしりと敷き詰められた星空。
屹度、この星空は数時間前には日本でも見られた空。
星々は動くことなく世界を見守っている。
時を越えて――。
急に、いつかワンピースを着てサオリを驚かしてやろうと思った。
そう思うと、体が火照るように熱くなり、夜の寒さを忘れていた。
「ナトちゃん、今日から新しい勉強よ」
私がケガ人に包帯を巻いているところに、サオリが楽しそうに言ってくる。
「なんの勉強?日本の事?」
「残念でしたー。無線の勉強よ」
「無線って、あのアンテナに繋がっている機械の事?」
「そうよ」
「でも、なんで?」
「だって無線が使えると、私がここに居ない時でも、お話しできるでしょ」
「えっ!じゃあ勉強したら使っても良いの?」
私が飛びつくように近づくと、サオリにデコピンされて「チャンと勉強して、使い方とルールを守れるようになったらね」と言った。
結構勉強が追い付いていたと思った矢先、また新たな勉強。
学校に行っていないから仕方がない。
学校では日中に6時間勉強して学校が終わってからも4時間ほど家で勉強するらしいから、朝から夕方まで難民キャンプでサオリたちのお手伝いをしている私は、学校へ通っている人たちに比べて圧倒的に勉強時間が足らない事は分かっている。
だから追いつくのに必死で勉強しているし、サオリも私が追い付くと直ぐに新しい勉強を用意してくれている。
勉強をする間サオリやミランと遊ぶことはできないけれど、勉強しているからこそ分からない所を聞きに行ったりすることも出来るから、嫌いじゃない。
むしろ勉強することで、理解できることが増えて、スタッフの人たちに認めてもらえることの方が嬉しかった。
無線の勉強をしていると、新しい事にも気が付いた。
それはマイクが壊れたときや、無線機自体が壊れたときの伝達方法。
もらった教科書にはモールス信号や、手旗・発光などの代替え通信の説明が簡単に載っているだけだったのでサオリに詳しく教えて貰った。
声が届かない離れた丘から旗を振って言葉を伝えたり、夜間にその丘から懐中電灯を点滅させて言葉を伝えられることを知ることが、とても面白かった。
キャンプから一人で離れることは危険だったので、そのときはミランが付き添ってくれてチョットした遠足気分も楽しめた。
サオリが出張でいないときには、本当に無線機を操作して、サオリとお喋りもさせて貰えて嬉しかった。
勉強をすればするほど、出来ることが増える。
そしてスタッフ皆の力になれるし、キャンプにいる人たちの役に立つことが出来る。