トーニのお出迎え
夕食の時間に間に合うように、エマのプジョー508GTに乗せてもらって宿舎に帰った。
真っ先にトーニが俺たちを見つけて、駆け寄って来る。
“何か、事件か?”と、一瞬身構える。
だが俺の不安な顔の俺とは正反対に、近付いて来る顔は相変わらず呑気そうでホッとする。
「いようエマ久し振り、俺さまの所へナトーを届けてくれて、ありがとナッ」
別に俺はお前の物でもないし、エマだってお前のために俺を届けに来た訳ではない。
しかしトーニ相手に、そんなことでいちいち怒っていたんじゃ仕方がないので俺はスルーした。
「はい、お姫様を届けに参りました。王子様がお気に召しますように、綺麗に磨き込んでおきましたので今宵は確り可愛がってあげて下さいませ」
エマは、そう言うと社交界の夫人がするようにスカートの裾を軽く持ち上げ、膝を曲げて挨拶をした。
でも、エマのスカートはロングじゃなくてタイトなミニ。
上げたスカートがギリギリの所で止まる。
さすがにトーニのイタリアの血は、それを見逃さなくて顔を赤らめて上機嫌で「ご苦労さん」と、本当の王子様にでもなったように顎に手を当ててウンウンと大袈裟に首を縦に振った。
「あいかわらず、可愛いわね彼氏」
トーニに聞こえないように、俺の耳元で囁くエマ。
「彼氏じゃないから」と呟き返す。
昨日までならスカッと「彼氏じゃありません!」と、怒鳴っていた所だが、秘密を知ってしまった今は少々複雑な思い。
エマが俺の手を取りその手をトーニの手に預けた時も、いつもなら有無を言わせず跳ねのける所だけれど、手を引っ込めることが出来ずに成すがままになっていた。
「じゃあ、宜しく頼むわよ。王子様」
「おっ、おう!」
俺の手を取ったトーニが驚きと戸惑いを隠しきれないまま、車に乗り込むエマにぎこちなく手を振り、エマはトーニのぎこちなさにクスリと笑って車を出した。
不思議にいつまでも走り去る車に手を振り続けるトーニ。
俺と手を繋いでいるこの状況に戸惑っている様子が、まるで手を取るように分かる。
まあ、実際にはいつもは放すべきトーニの手を取っているのは俺の方だけど。
もう勘弁してあげようと思い「いつまで手を握っているんだ、ホモみたいだろう!」と怒鳴り、激しく手を振って解く。
「おいおい、そりゃあないぜ! 折角エマが俺さまに託してくれたって言うのによぉ!」
振りほどいたことで、まるで魔法が溶けたみたいに硬くなっていたトーニが、いつも調子に戻った。
「メシはまだか?」
「ああ、これから行こうと思って居たところ」
「寮から来たのか?」
「そうだけど」
こいつは相変わらず嘘が下手だ。
寮から食堂へ行くのに、こんな所は通らない。屹度何かを探していたか、誰かを待っていたに違いない。
“でも一体、なにを……あるいは誰を探していたのだろう……?”
とりあえず夕食に向かうことにした。
休日だからエマと外食で済ませることも出来たのだが、秘密を知ってしまった今、何故か無性にここで食べたかった。
「俺も行く」と、トーニも付いて来る。
「用事があったんじゃなかったのか?」
「用事?……なんで??」
「だって、寮から食堂に向かうには、ここは通らないだろ」
しばしの沈黙のあと、トーニは「あんまり月が綺麗だから散歩をしていた」と言って笑い「そんじゃ、お先に!」と言って、俺を置いて走り出した。
“月が綺麗って、今日は新月で月は出てないはず”
空を見上げると、幾つも散りばめられた星々の輝きの中に、やはりその明るい姿はなかった。




