動き出す敵の影
<パリ警察>
「またお前か、いい加減にしろ! そのうち務所にブッ込むぞ」
「まあまあ旦那、勘弁してくださいよ。酔った席の事なんだから」
「まあ今回も相手が優しくて特に刑事的処罰は望んでいないと言う事だから、俺たちの判断で勝手に逮捕することは出来んが、お前もイスラム教信者なら酒は慎むんだな。兎に角こっちは休みが潰されて皆機嫌が悪いんだ。いい加減にしてくれないと体が幾つあっても足りやしない」
「休みが潰されたって何かあるんですか? どうせ休みの日だってソファーに寝転んでサッカーを見ているだけでしょ。それならパトカーの中でラジオを聞いているのと変わりはしないじゃないですか」
「馬鹿野郎、お前たちの喧嘩騒ぎにコーヒーブレイクを邪魔されないだけでも気がまぎれるんだよ。よりによって、お前さん達の仲間みたいな奴らがパリでテロを起こすなどと言う噂が出なけりゃ週末は家でノンビリできたものを。もう用がないから、さっさと帰れ! 今夜くらいは戒律を守って、もう飲むんじゃないぞ!」
<パリ郊外移民受け入れ施設付近のアパート>
「レイラ。パリ警察の奴等、もう嗅ぎつけやがったらしいぜ。まったく、どうなっているんだ、我々の情報セキュリティーは。……まあそれを漏らす、あちらさんも似たようなものだがな」
見るからに横暴そうでがっちりした体格の褐色系アラブ人のメヒアが、机に脚を上げたまま紙巻きたばこを咥えながらイヤミっぽく言った。
「どこまでバレているのかしら?」
「さあな。ただ情報を漏らした奴は見つけ出して処刑せねばならん」
「処刑?」
「そうだな……首を切り落とすとか、リンチしたあとに焼き殺すとか、ビルから飛び降りてもらうとか」
「そんな、宗教系テロリストみたいな」
そう言うとメヒアが向き直り、そのギラギラした目で私を舐め回すように見た。
いつ見ても、嫌な目つき。
「だいたいザリバンは生温い。言っておくがリビアでの失態は、宗教系テロ組織なら処刑モノだぞ。それをチョッと頭が良いからって甘やかしやがって」
「誰も貴方に救出して欲しいなんて言っていなかったわ」
「バラクみたいに、甘っちょろいハンサムボーイが良かったか?」
「死んだ人を悪く言うのはよして! それに貴方と違って彼には実績があったわ」
「実績ねぇ……俺だってそのうちこのパリを、いやヨーロッパ全土に死の灰を降らせるくらいはできるんだぜ。今回の作戦は、その前哨戦ってわけさ」
「上手くいくといいわね」
話をするのも馬鹿らしくなって、腕組みをしてソッポを向いた。
しかしメヒアは、話を止めるどころか、余計覗き込むように目をギラギラさせてニヤニヤしていた。
「なあレイラ。護送車から救出してここに来たときから不思議に思っていたんだが、なんで腕時計をしている? フランスじゃあ囚人に腕時計を与える習慣でもあるのか?」
「盗んだのよ!」
「盗んだ? なんのために?」
「何のためじゃじゃないわ。ただ欲しかったから盗んだの。同じ悪党なら分かるでしょ」
「単純明快だな。チョッと俺によこしな」
「嫌よ」
「なんで?」
「だってアンタ、盗むつもりでしょ」
「フッ、クソ女が」
渡したが最後、時計の仕掛けを見破ってしまうかも知れない。
いや、こいつ勘は鋭いだけで頭は悪い。
だが、こいつの下に居る奴が、それを暴くかもしれない。
「よう、メヒアの旦那。準備は順調ですぜ」
ノックもせずに、いきなりドアを開けて入って来たのはメヒアの参謀を務めるジュジェイ。
こいつはメヒアとは対照的に、白人系のカマキリのような容姿。
目つきも鋭くはなく、どちらかと言うと、浮世離れした妄想家のような眼をしている。
「ジュジェイ、問題発生だ。どうやら一部の情報が警察に漏れているらしいぞ」
「一部の情報って?」
「よくは知らんが、どうやらパリで行うことと決行日だ」
「心配しなくていいよ。もしも詳しい場所と日時がバレたとしても、誰にも止めることは出来ないから」
「国軍が出て来たらどうする?」
「メヒア、心配しないでくれ。たとえ100輌の戦車、100機の戦闘機、1万人の兵士が出て来てもこの作戦を止めることはできないから」
「さすがジュジェイだ」
全く内容を理解していないように思えるのに、メヒアはそう言ってジュジェイを褒めた。
1回目の会議を終えて、俺たちLÉMAT内で配置が決められた。
エッフェル塔にはマーベリック少尉と第1分隊、ルーブル美術館はハンス中尉と第2分隊、オペラ座はニルス少尉と第3分隊、そしてノートルダム大聖堂は俺たち第4分隊。
レイラ救出部隊はエマたちDGSEが担当する。
「なんで俺たち第4分隊だけ将校が付かないんだ?」
モンタナの疑問にトーニが答える。
「そりゃあ将校並みに実力のある分隊長が居るからに決まっているだろ。なあナトー」
「違うと思うぞ。だって俺たちの守るノートルダム大聖堂と、ハンスのルーブル美術館は近いからな。それに、将校が足りないからと依頼して、テシューブがどんな将校をよこすかも分からないし」
「近いからって、もし分隊長がモンタナだったら、こういうふうにはならないぜ。なあモンタナ」
「俺に答えを求めるな!」
モンタナがトーニの首根っこを抱えて言った。
「さあ、配置も決まったことだから、これから決起集会!皆で飲みに行くか!」
皆が賛成の声を上げる中、ナトーだけそれを断った。
「すまん。俺は少し図書館で調べものがあるから」
そう言って部屋を出て行くナトー。
その後姿を見ながら、いつの間にか来ていたニルスが呟く。
「決して群れの中に馴染まない一匹オオカミ」
「それでいて、いつも群れを見守っている」
フランソワがニルスに並んで言った。
「飼いならすことが出来たら、最高なんだがな……」
続いて言ったトーニの言葉に、一同がナトーの後ろ姿を恨めしく見ていた。
図書館に入ると館長さんが、入り口にある掲示板のチラシの貼り換えをしていた。
「こんばんは!」
「こんばんは。ナトちゃん今日もかい、勉強家だね」
「それほどでも――」
余所見をしていた館長さんが、1枚のチラシを床に落とした。
チラシは俺の足元に滑るように来たので、それを手に取る。
「落ちましたよ」
「ああ、これはどうも」
チラシはドローンの競技会の案内。
競技会の日にちが、テロの決行予定日と重なっていたので自然に目が行った。
テロを防げなければ、その場にいる人たちはもちろんだけど、こうした様々なイベントの開催も自粛されることになる。
人々は気軽に外に出歩けなくなり、観光客も減り街は閑散としてしまう。
チラシを館長さんの手に渡す。
「ありがとうございます。しかし最近は凄いものですね、こんな玩具が簡単に操作できて空を飛ぶなんて信じられない。私なんか若い頃に何度ラジコン飛行機を墜落させたことか、そのたびにバイトで溜めたお金が吐き出される」
「これは?」
館長さんの手にある回収されたチラシに目が留まった。
それはエアガンの競技会のチラシ。
しかも日にちはテロが行われる日で、場所はルーブル美術館近くのチュイルーリ公園。
テロの日に、こんなイベントを誰が許可したのか。
たとえエアガンと言えども、こんなものを持った人たちがウロウロされたのでは警備に支障が出てしまう。
「ちょっと失礼」
慌ててリズに連絡をしたが、そんなイベントの許可は誰も受けていないと言う事だった。
「館長、そのチラシ貸してください」
「いいよ、どうせ廃品回収に出すだけだから」
俺は館長から受け取ったチラシを持って、慌てて図書館を出てDGSIに向かった。




