DGSIの罠
先頭の車に警察官が貼り付いて何か言っているようだが、俺の位置からはそれが確認できない。
「何を言われている?」
マイクを取って先頭の車に聞く。
『どうも、あっちこっちで交通事故があり忙しいから手伝えと怒鳴っています。こっちが窓越しに容疑者の護送中だと言っても、聞こえないからドアを開けろとか命令書を確認したいから渡せとか、奴さん兎に角ドアを開けたがっているようです』
「相手がドアを蹴ろうが、何をしようが構うな」
『ドアなら、さっきから何度も蹴られましたよ』
最後は笑い声になっていた。
バックミラーを見ると、俺たちの車の後ろにバリケードが置かれて、後続の車が違う道へと誘導されているのが見えた。
「そろそろ始まるようだな……」
そう思った瞬間、前方から銃撃の音が聞こえたかと思うと、森の中からもマシンガンを持った敵が現れて護送車や俺たちの車も銃撃を受けた。
車は防弾仕様。
どんなに至近距離であろうが、拳銃やマシンガンなどでは、びくともしない。
俺は打合せ通り、身を屈め前のめりになろうとしたが、その瞬間に背中に衝撃と共に焼けるような熱を感じた。
“撃たれたのか?”
だが意識はハッキリしている。
膝元のモニターを開くとき、背中から何かの液体が流れるのを感じた。
車内に広がる硝煙と血の臭い。
防弾仕様じゃなかったのか!?
ドライバーの無事を確かめようと思い、身を起こそうとした瞬間、直ぐ脇を足音が通り過ぎたので止めた。
モニターに映し出される敵。
奴らは護送車の後部扉に、指向性爆薬を取り付けて爆破し、ドアを開けた。
中に居るのはレイラひとり。
モニターにはボンネットから立ち上がる煙のせいで、よく見えなくなったのでカメラをサイドミラーに変えた。
レイラに近付いた男が、腰の銃を抜く。
“撃つ気か!?”
ブーツに挿していたワルサーP22を手に取る。
奴が抜いた銃がキラリと光った。
金色に光るその銃には見覚えがあった。
“イジェメック MP-443”
バラクの持っていた銃。
レイラは驚きもせず、それを渡されると直ぐに腰に刺した。
まるで最初から、そうなる事を知っていたかのように。
ミラーの傍に人が立ったので、再びカメラをセンターに替えると、護送車から降りるレイラとカメラ越しに目が合った。
カメラ越しなのに、一瞬ドキッとする。
だが、レイラは違った。
まるで面白い見世物でも見るように、見開いたその目は好奇に満ち、そして笑っていた。
レイラを連れて敵たちが、足早に森の中に消えたのを確認して、俺は身を起こし彼女が消えて行った森の中を見つめて思わず言葉を漏らす。
“何故笑った!?”と。
隣に座っていたドライバーの肩を揺すり「大丈夫か!」と声を掛けたが、首がグラグラ揺れるだけで返事はなかった。
被っていたヘルメットの窓側に穴が開いていた。
窓ガラスには幾つもの銃弾の跡と、血しぶきで外が良く見えない。
ドアを開けて外に出てみると、護送車も先頭の車も同じように遣られていた。
作戦は敵が銃を撃ってきたら、死んだふりをするはずだった。
防弾ガラスと言っても、ヒビは入るから、それで充分誤魔化せるはずだった。
しかし、その防弾ガラスは、敵の放った銃弾を中に通してしまった。
あの時、俺が“ドアを開けるな”ではなくて“直ぐに発進しろ”とさえ命令しておけば5人の命は救えた。
そう思った途端、急に胸が込み上げてきて、俺は道端に突っ伏し四つん這いになり大声で泣いていた。
後続の部隊が到着した。
俺は、自分だけが生き残った事を恥じて、道端に座り込んだまま起き上がれなかった。
「まあ派手に遣られた物ね」
ドアの開く音と共に、リズの呑気そうな声と、バタバタと周囲に散会する足音が聞こえる。
うな垂れたまま、ボーっとした目に映るのは、護送車の中から降りてくる完全武装の警官10数人が左右の森の中に消えて行く姿。
「ナトちゃん、大丈夫?」
走り寄ってきたエマが、優しく俺の横に座り、肩を抱いてくれた。
「俺は大丈夫だが、5人を死なせてしまった」
力なくその胸に顔を埋めると、また涙が零れ始め、エマが優しく頭を摩ってくれる。
“死んで詫びたい”
本気で、そう思った。
散開していた警官たちが慌ただしく戻って来る足音が聞こえる。
「異常ありません。もう、この近辺には居ないようです」
仲間が死んだと言うのに、気丈に報告する警官たち。
「さあ、ナトちゃん立ちましょう」
エマが俺の体を起こそうとするが、恥ずかしくて情けなくて悔しくて、そして申し訳なくて全身に力が入らない。
肩を担がれて、ようやく立ち上がっても、顔は上げられない。
涙で滲んだ目に映るのは、血まみれになった車のフロントガラス。
「もう、リズ!」
珍しく、苛立ったようにエマがリズを呼ぶ。
「分かったわよ」
リズがそう言ってパチンと指を鳴らし「もうイイよ」と声を上げると、弾痕だらけの車両のドアが次々に開き、中から血まみれの警官たちが出てきた。
「ゾ、ゾンビ……」
思わずワルサーP22を構える俺を、エマの手が止めた。
「違うわよ。チャンと生きているの」
「生きているって……」
「もう、リズ。キチンと説明してあげなさい」
「分かっているわよ。カイル、スイッチ入れておいて」
カイルと呼ばれたのは、俺の隣に居たドライバー。
リズが拳銃を取り出して、車のフロントガラスを撃つ。
“パン”という高い発射音と共に、車のガラスには貫通痕が入り、撃たれてもいないのにカイルの防弾チョッキから血しぶきが飛ぶ。
“スナイパー!”
俺が慌てて敵の発射位置を確かめるように拳銃で身構えると、リズが“違うのよ”と言った。
「ナトちゃん。この車のガラス触ってみて」
言われるままガラスを触ると、銃弾の当たった後が微かに割れているものの、どこにも貫通痕はない。
「これは?」
「防弾ガラスの裏側に圧力センサー付きの有機ELが貼ってあって、撃たれた箇所にさも穴が開いたように見せかけているだけ」
「じゃあ血は?」
「血は、そのセンサーと連動して、血のりを入れた袋が少量の火薬で爆発して飛び散る仕組みよ」
「ホンモノなのか……」
「偽物よ。臭いはフレーバーでつけてあるの」
「どうして臭いまで」
「だって、臭いが無かったら、ナトちゃん直ぐに分かっちゃうでしょ」
「俺が……それはいったい、どういう事だ?」
「あっ、……その件についてはエマに聞いて!じゃあ私たちはこれで。チャオー♪」
そう言い残して、リズたちDGSIのメンバーは、そそくさと帰って行った。
「エマ。どう言うこと?」
エマの腕を掴むと“ビクッ”したのが伝わってきた。
俺は、その手をグイグイ引いて、街に歩いて行く。
エマが何か弁解していたけれどそれには何も答えないで、近くのホテルを見つけてその部屋にエマを叩き込んだ。
「チャンと説明してもらうわよ」
指をポキポキ鳴らしながら、睨みつけて言った。
エマが説明してくれた話はこうだった。
先日DGSIの本部でリズと対決したことがあった。
リズは個人的に戦って見たかっただけだと言っていたが。実はリビアで諜報活動道を行った特殊部隊隊員を敵のスパイと想定した模擬訓練だったようだ。
そして、監視カメラなどで状況を分析した結果、DGSI側の一方的な敗北判定が下ったらしい。
「それと今回の事と、どんな関係が有るの?」
シーツに包まったままエマに聞く。
「まあ結局、このままでは面目の立たないDGSI側の腹いせね。日本で言うところの“どっきり”」
「ばかばかしい」
「ホント馬鹿馬鹿しいよね。でもね、私たちエリートと呼ばれている人たちはプライドで生きているの。ナトちゃんは確かに強いけれど、相手のプライドには十分気を付けてね」
「エマも、そうなのか?」
俺は人差し指でエマの唇を触りながら聞いた。
「私も、一応はね」
そう言うと、エマは笑って体を回転させて俺の上になる。
「でも、ナトちゃんにもプライドがあるものね。今度から絶対に隠し事はしないから、たとえ失敗したと思っても武士みたいに自らの命を絶っては駄目よ」
「うん」
鼻がツンとして、また涙が出て来そうになり、それを隠すためにエマに抱きついた。
「もう、意外に甘えん坊なんだから」
「知らなかったのか?」
「ううん、出会った時から知っていたわ」
エマが優しく、それを受け止めてくれた。




