逆スパイ作戦②
出発当日の朝、レイラと入念に打ち合わせをした。
「万が一相手に撃たれそうになったら、命乞いでも何でもいいから少しでも時間を稼いで、そうすれば後ろの車に乗ったナトーちゃんが助ける手はずになっているから」
エマの説明にレイラがニッコリ笑う。
「ナトちゃんが居てくれれば、問題はないわね」
「あと、腕にこれを着けて。絶対に外さないでね」
リズがケースから腕時計を取り出して、レイラの腕に巻きながら言った。
「これは?」
「これ見た目はただの腕時計だけど、中には超小型の信号発信機が仕込んであるの。だからこれを腕に着けていれば、携帯電話の電波が届く場所なら何処に居ても、貴女の居場所が分かる仕組みなの」
それから腕時計に隠された機能の説明を始めた。
「このボタンでカレンダーをセットして、ダイヤルを回してセットキーとリセットキーを同時に押すことで決行日と時間を知らせることが出来るの。それと日付との照らし合わせで場所を知らせて頂戴。日曜日ならノートルダム大聖堂、月曜日ならエッフェル塔 、火曜日はルーヴル美術館 。その他なら土曜日」
時計の説明を一緒に聞いていた時にエマが不意に俺の時計を見て言った。
「前から気になっていたんだけど、ナトちゃんっていつもボーイッシュなのに、その腕時計ってレディースの有名ブランド品よね」
「そうそう。それも女の子なら誰もが憧れる超有名ブランド!高かったでしょう」
エマの言葉に吊られて、リズも俺の時計を見る。
「ああ、これは大切な人の形見だ」
「形見って??」
「それはまだ俺が赤十字の難民キャンプに居た頃にサオリたちと街に行ったとき、産まれて初めて美容室でカットとお化粧をしてもらうことになった俺に待ち合わせ時間が分かるようにとサオリが貸してくれた時計」
「そのサオリって人は?」
「爆弾テロに巻き込まれて」
「……そう。大切な物だったのね。ごめんね有名ブランドだなんて浮かれちゃって」
「いい。もう、戻って来ない昔のことだ」
「それで肌身離さず、いつも着けているのね」
「きっと、ナトちゃんに着けていてもらいたかったのよ」
いままで話を聞いていたレイラが言った。
「ありがとう」
「レイラの次は、ナトちゃんよ。銃は用意してきた?無かったら貸すよ」
「ああ、用意してきた」
俺はバックから用意してきたワルサーP22 Target 127mmバレルモデルを取り出すとエマが“おー”と歓声を上げた。
「なに? その意味ありげな“おー”は」
「いえね。ナトちゃんがどの銃を持ってくるか、リズと賭けをしていたの」
「酷いな……で、結果は?」
「もちろん私の勝よ。リズはコルトM1911の予想だったから」
「しかし、良く当てられたな」
「だって、ナトちゃんの事なら体の隅々まで知り尽くしている私だもの、どこにホクロがあるとか、どこが弱いと……」
俺は慌ててエマの口を手で塞いだ。
リズたちがレイラに護送車の説明をしている間に、警察のユニフォームに着替えてくることにした。
更衣室に向かっていると、何故かエマも付いて来る。
「どうして付いて来るの?」
「いや、あの、着替えのお手伝いでもしようかと思って。ほら、ナトちゃんポリスのユニフォーム着るのって初めてでしょ。それに暇だし」
「初めてだって、服くらい普通に着られるよ」
「そっ、そうよね」
「でも、手伝ってくれるのなら、一緒に来てもいいよ」
レイラの護送部隊は全員志願者。
屹度、心配してくれているのに違いないと思って、一緒に更衣室に入った。
案の定、更衣室に入るとエマは迫ってきた。
「ナトちゃん。先に手出しをすることが出来ない危険な任務よ」
そう言いながら俺のブラウスのボタンを外してくれる。
「エマは来ないの?」
「私はリズと後続の部隊。レイラの護衛部隊に志願したのだけれどDGSEから許可が下りなかった」
「幹部だからな、仕方がないよ」
「ううん、屹度戦闘能力の差よ。貴女と一緒にレイラの護衛に志願した警察官たちは皆RAID(フランス国家警察特殊部隊)の予備軍みたいな屈強な人達よ。私なんかじゃ何の役にも立たないわ」
レイラが嘘を言っているのは直ぐに分かった。
これはDGSI(国内治安総局)の任務だ。
エマたちのDGSE(対外治安総局)は、送り出すところまで。
その危険な任務に、大尉として一つのオフィスを取り仕切るエマを出すわけにはいかないだろう。
後続の部隊に同行することについても、屹度DGSE上層部では反対があったに違いない。
それを押し切ってまで……!?
「エッ、エマ。それブラのホック!」
「うふっ。着替えは途中からより、チャンと最初から始めたほうが身も心も清まるでしょ」
「そんな話は聞いたことない!って、なんでエマまで脱いでいるの?」
考え事をしている間に、いつの間にかエマのペースに引きずり込まれていた。
「こうしてね、胸と胸を合わせると心が通じ合うの」
俺の一番弱いところ。
こうされると必死に、しがみ付くことしか出来なくなる。
「心を合わせて、一緒に戦うの」
エマの差し出した、しなやかな指に、しがみ付いていたアゴを持ち上げられてしまう。
「ナトちゃん、絶対に無茶したら駄目よ。必ず生きてまた会いましょう」
唇を塞がれて何も答えられない俺は、エマを受け入れることで、それに答えた。




