思い出
サオリのテントでアルバムを見せてもらった。
最初、サオリから「ナトちゃん、私のアルバム見せてあげるから、おいで!」って言われたので意味が分からなかった。
私の知識では“アルバム”とは『閉じたもの』『幾つかのものをまとめたもの』と言う認識しかなかったので、何かを収集しているのだと思っていた。
ベッドに座っていると、サオリが一冊のファイルを見せてくれた。
そのファイルの1ページ目には、見た事も無い部屋の中にいる赤ん坊の写真があった。
その隣には、これも見たことのない服を着た男女が、その子を抱いている写真。
後ろに写っている建物も、大きい倉庫の様な建物だが、装飾が施されていて倉庫にしては立派だった。
「可愛いでしょ。この赤ちゃんが生まれたばかりの私よ」
「じゃあ、この大人の男女は?」
「お父さんと、お母さん」
「じゃあ、後ろの建物がサオリの家?」
そこまで言うと、サオリがケタケタと笑い「それは私の家じゃなくて、神社よ」と言った。
「ジンジャー?」
不思議に思って聞いたのに「そこ、伸ばさない。ショウガになっちゃうじゃない」と、大笑いされた。
「ジンジャーではなくて、じんじゃ。日本語で、神様の社。社と言うのは家だと思っていいよ。つまり神様の居る家が神社なの。日本ではね、赤ちゃんが生まれて百日が経つと神様に会うために神社に行くのよ」
「これが、メッカなの?」
真面目な顔をして、写真を見ている私の顔を覗き込んだサオリがまた笑うので、正直ウンザリして軽く睨む。
「神様の聖地ではなくて、モスクとか教会みたいなものよ」
それからページを捲って行くと、小さなサオリが少しずつ今のサオリになって行く様子が写真で綴られている。
「これは!?」
二枚の写真に目が釘付けになった。
「あー。これは家族で遊園地に行ったときのものよ。これが観覧車で、こっちはメリーゴーランド」
「遊園地……観覧車……」
物心ついた時には既にヤザの家にいた。
どこで生まれたかは知らないし、両親の顔も覚えてはいない。
けれども薄っすらとした記憶の断片は残っている。
大きな家に乗ると、それが空へ上がって行き、廃墟ではない緑豊かな街がどんどん広がって行く空の上から見た景色。
家の中には音楽が流れていて、広い部屋は椅子と窓で出来ていて青い空が綺麗に見えた。
馬の記憶もある。
柔らかくて甘く温かなものに抱かれて、綺麗な飾りのついた大きな馬に乗った。
馬はオルゴールのリズムに合わせ、楽しそうに跳ねるように群れの中を駆ける。
太陽のように明るく輝く長い風をなびかせた先頭の馬に乗る人が、しきりに私の方を向いて手を振る。
記憶の中にあった情景は、この遊園地なのではないかと思った。
「私、ここに行ったことがある」
「楽しかった?」
「いや、今までこの記憶が何なのか分からなかった。でも、これは屹度遊園地に行ったときの記憶」
「話してくれる?」
「うん」
私はそう言って、空へ上る部屋とリズムに乗って駆ける馬の話をした。
私が話し終わると「きっと、ナトちゃんがまだ赤ちゃんだった頃に、家族と遊園地に行ったんだね」と言って、髪を撫でてくれた。
「家族?……」
「そう。ナトちゃんの本当の家族」
そう言われると、急に鼻がツンとなり涙が出て来た。
「泣いて良いよ」
「ありがとう……」
開いてくれた胸の中に静かに顔を埋めると、サオリが背中を摩るようにして抱いてくれた。
「家族に会いたい」
胸の中で泣きながら言った。
「今にきっと見つかるわ……」
「ねえ、サオリ。それまで私のお姉さんになってくれる?」
胸から顔を上げてサオリの表情を窺うと、ニッコリ微笑み返して「いいよ」と言ってくれた。
嬉しくて私が体を起こそうとすると「駄目よ」と止められた。
「お姉さんのほうが上でしょ」
そう言って私の上になる。
「ねえ、今晩ここで――」
言葉の先を、サオリの唇が塞いだ。
サオリの部屋でアルバムを見せてもらってから、思い出したことがある。
それは、幼い頃の私を育ててくれたハイファの事。
石を積み上げてその上に板を張っただけの粗末な家。床なんてものはなくて、家の中も地面のまま。その地面の上に置かれたテーブルと椅子、それにベッド。
それが昔のヤザの家。
ハイファはヤザには勿体ないくらい綺麗で優しかった。
もっとも、あの頃のヤザは今とは違って穏やかで優しくて、いつも笑っていた。
そして、この頃はまだ平和だった。
家族3人で夕食も一緒にテーブルで仲良く食べていたし、ハイファは寝つきの悪かった私に、良く本を読んでくれた。
特によく覚えているお気に入りのお話しは、シェーラザード。
乱暴な王子様が毎晩違うお姫様と寝て、朝にはそのお姫様を殺す話。
ところがある晩やって来たお姫様は寝る前に、王子に物語を聞かせる。
そして王子が夢中になった頃「この続きは、また明日のお楽しみ」と言って寝てしまう。
王子はお話しの続きが聞きたくて、毎晩毎晩女の話を楽しみ、そして女を殺すことさえも忘れてしまう。
私は、そのお話を毎日聞きながらハイファから文字や言葉を教えて貰った。
しかし幸せな日々は、いつまでも続かなかった。
いつからか雷のような爆音が聞こえるようになり、街は瓦礫に覆われ、そしてハイファもその瓦礫にのみ込まれてしまった。
ハイファが死んでヤザは笑わなくなり、変わってしまった。
いつも埃だらけで酒臭く、時には血の匂いさえした。
いつも何かに怯えているようにビクビクして、大きな音がするたびに居なくなった。
静かな夜でも気に要らないことがある度に平気で私のことを殴り、いつしか瓦礫なのか家なのか分からない部屋にはテーブルも無くなり、その上に乗るはずだった食事も無くなった。
俺は生きるために物乞いをして、生きるために盗んだ。
遊び道具と言ったら重い鉄の塊。
バーを引張るとガチャリと音がして、指で引っ張るとカチッと音がする。
そう、それが銃とも知らずに。