懺悔
残ったのは眠ったままのナトーとサラの2人だけ。
サラはナトーの手を取って話し始めた。
「私たちのパパの名前はアンドリュー、そしてママの名前はナオミ。でも、それは偽名らしいの。だから私たちの名前も、本当ではないかも知れないわ。でも私は自分をサラだと思うし、貴女の事もナトーだと思っている。パパはねチョッとアクション映画に出て来るトム・〇ルーズに似ていてハンサムだったの。ママも女優さんみたいに綺麗な人だったわ。でも、そんなこと私たち姉妹を見れば誰だって分かるよね。ナトーの背が高いのはパパ似で顔立ちはママにソックリよ。まだ貴女が生まれる前、私たちはイギリスのエディンバラに住んでいたの――」
サラは話し続ける。
まるで子供に本を読み聞かせるように、ナトーの知らない家族のことを。
「イラクに引っ越しして直に、貴女が生まれたの。そりゃあもうパパもママも大喜び、もちろん私もね。だけどパパとママがあんまり喜ぶから少し妬けちゃったわ。だって今までは私だけが2人の愛情を独り占めにしていたのだから……でも長女でない貴女にそれをボヤいても分かってもらえないだろうな……」
サラは話した。
生まれたばかりのナトーと過ごした数カ月間のことや、アテもなくタダ闇雲にバクダッド周辺を聞き込み調査していた頃の話し。
そして自分がPOCのCEO(最高経営責任者)になるまでの話や、ならなければならなかった話。
そして、これから自分がやらなければならない仕事と、それはパパが実行しようとしていた事であること。
いつの間にかクリスマスで彩られた街の明かりが消え、冷たい空からは雪が舞い落ちていた。
星空は見えない。
だけどサラは、雲の上にあるはずの“右から2番めに煌く星”に願いをかけ、その歌をナトーに聞かせた。
歌い終わりに、サラは一節歌詞を付け加えた。
それはPlease come back early and say good morning to me .(早く戻ってきて、私におはようと言ってください)と。
ナトーの手が冷たくなってきたので、毛布の中に入れた。
そして、空が白み始めた頃には、朝日を見せるために体を横に向けさせた。
雪はまだチラホラと舞っている。
「治ったら一緒に何かしょうよ!何が良い?」
ナトーは何も応えない。
「スキーは?私、13歳の時に初めてスキーを習ったのよ、そして今はインストラクターの免許も持っているのよ凄いでしょ!一緒に旅行に行こうか!家族旅行よ!どこに行ってみたい?ノイシュヴァンシュタイン城 ?ベネチア?そう言えばナトーは日本が好きだったよね。京都に行く?それとも沖縄?……」
朝日が昇り出し、景色が次第に明るくなりだした。
「遠足って行ったことないでしょう?私は小学校の時に行ったよ。皆でお弁当を持っていくの。そんなに凄い観光地じゃないし、実際私の場合は詰まらなかったけれど屹度ナトーや部隊の人達と一緒なら最高に楽しいよ。ウクライナでのキャンプファイヤーよりも楽しいよ。ねえ、そう言えば私の初めてのキャンプファイヤーの話しって聞かせたことなかったよね。コレ聞いたらナトーは絶対笑うよ。だって焚火が一瞬に燃え尽きたんだもの。でも怒られるかな。だってナトーは友達思いだから。私ね、その時、何にも悪くないのにクラスメートの女の子を泣かせてしまったの」
一晩中、ナトーの手を握ったまま話しかけていた時に、ナトーの手が握り返した気がした。
「起きたの?」
しかし、ナトーは相変わらず目を瞑ったまま。
やがて朝が来て日が昇り、雪に覆われたパリの街が銀色に映し出される。
「今日もまた、1日が始まるわ……いつもと変わらない1日が……」
窓の外に目を向けると、ピティエ=サルペトリエール病院にある教会に目が留まる。
昨夜お祈りをしていた教会の上にある鐘楼に朝日が当たり、雪を冠った鐘楼から1羽の白い鳩が空の頂に向かって舞い上がるのが見えた。
まるで天使が鳩に姿を変え、空に戻って行くように、どこまでも高い空に向かって。
“いや、天使じゃない”
「ナトー……」
ナトーではないと信じたい。
でも、今のナトーの状態を思うと、どうしても不安に駆られてしまう。
あの白い鳩はナトーの魂を天国に届けるために飛び発ったのだ。
“嘘、嘘、嘘!”
ふと浮かんでしまった不吉な考えを、否定して首を振る。
そしてナトーの手を握ったまま、眠っているナトーに抱き着いた。
魔王に連れ去られないように。
激しい嗚咽と共に、止めどなく涙が溢れる。
「戻って来て‼お願いだから、私を独りぼっちにしないで!」
お姉さんじゃなくて、まるで子供が駄々をこねるように必死でナトーに訴える。
戻って来てほしいと。
「ナトー‼」
ナトーの名を叫んだとき、この世の中の全ての音を掻き消すように教会の鐘が鳴り出した。
カラ~ン、カラ~ン、カラ~ン、カラ~ン。
まるで激しく波打つ心臓の鼓動の様に鐘が鳴る中、あの白い鳩が舞い降りて来て嘴でコンコンと窓を叩く。
「ナトー……!?」
思わずその白い鳩に向かって呟くと、白い鳩はまるで揶揄う様にクククと鳴いて再び高い空に舞い上がって行く。
「ナトー!私のナトーを返して‼」
ベッドから離れ、開かない病院の窓にしがみ付き、飛び去って行く鳩に泣きながら叫ぶ。
今まで誰にも頭を下げる事もなく、高飛車に生きて来たプライドをかなぐり捨て、白い鳩にお願いする。
“ナトーを返して”と。
だが鳩は遥かな空の果てに旅立って行ってしまった。




