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フルメタル  作者: 湖灯
鐘楼の鳩が飛ぶとき
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眠り姫②

 3ヶ月後の12月、クリスマスイヴ。

 パリ13区にあるピティエ=サルペトリエール病院は、太陽王として名高いルイ14世により1656年に建造され、今も続く由緒ある病院にナトーは入院している。

「じゃあ、また来るなっ!」

「あら、もう帰っちゃうの?たまにはキッスくらいして行っても、好いのよ」

「バッキャロー!いくらサオリさんが許可しても、眠っているナトーの意思も確かめねえで勝手に唇を奪えるわけねえだろうが」

「あら、トーニちゃんって意外に真面目なのね」

「そりゃあ真面目じゃなくても、人間として当然よ!」

「じゃあ、同意のもとのキッスは、もうしたの?」

「そ、それはナトーの許可がねえと話せねえ。ところで明日の早朝に、面会に来てもいいか?」

「早朝って?」

「朝日が昇る頃」

「どうして、そんなに早くから!?」

「なんとなく、ナトーが目を覚ますような気がするんだ。それに……」

「それに?」

「クリスマスプレゼントも、したいと思って」

「だったら、いま置いて行けばいいじゃない」

「ダメ!」

「なんで?」

「ナトーが起きた時に、俺の手で首に掛けてやるんだ」

「ネックレス!?」

「おわっ‼な、なんで、分かるんだ!?」

「ナトちゃん宝石類は身に付けないわよ」

「ええっ!??」

「今持っているのね。見せなさい」

 サオリに言われて、渋々リュックの中から取り出したのはオレンジ色の箱に入ったネックレス。

「HERMESのファランドール!トーニ、アナタこれどこで買ったの!?」

「ど、どこってバッタもんじゃねえぞ!チャンとトノレ通りの店で買ってきた」

「奮発したわね。アンタの年収の半分くらいしたでしょう」

「ま、まあな。でも、一度死んだと思えば、安いもんよ!……っで、どう?ナトーは気にいりそうか?」

「合格よ!まあ、ナトちゃんもトーニちゃんからのプレゼントならグリコのオマケでも泣いて喜ぶと思うけどね」

「グレコのオマケ??」

「しゃあ、とりあえず明日の早朝ね」

「ああ、頼むぜ!」

 そう言うとトーニは、ナトーに敬礼して部屋を出て行った。

「しかし、あの男も熱心なものだな。リハビリや検査の無い日でも、毎日面会にやって来る」

「そうね。希望の星かな」

「希望の星?」

「医学的には何も問題がない今のナトーにとって、彼の愛と、もうひとつ……」

「もうひとつ?」

「エマ少佐」

「あー、それもあるけれど、エマは同姓だから家族にはなれないでしょ。もうひとつは屹度、今夜訪れるはずよ」

「今夜……」

「そう」


 ピティエ=サルペトリエール病院は古くからある建物と、新しく建てられた部分がある。

 古い建物には教会と礼拝堂があり、日中は観光客も訪れる。

 誰も居ない暗い礼拝堂の最前列に、ひとつの影が佇む。

 手を合わせて必死に神の祈りをささげる影を、窓から差し込む月明かりが映し出す。

 綺麗な金色の長い髪に、透けるように白い肌。

 大きな青い瞳は、差し込む月明かりを反射するように見開かれ神を睨めつけるように見つめていた。

 広間から直接つながっている礼拝堂に、白衣を着た大きな男の影が現われ、祈りを捧げる金髪の女性に近付く。

「ボス……」

「もう貴方のボスではないでしょう、ミラン」

「クラウディーは?」

「セルゲイの部下に撃たれた傷が原因で、ナトーを撃ったあの鐘楼の中で事切れていたわ」

「……」

「彼女、今までに見せた事もない安らかな顔をしていた」

「でも、それは間違っている」

「知っているわ、そんなこと」

「だったら何故、グリムリーパーの正体が分かってからもクラウディーを手元に置き続けた。そして何故手放した」

「何一つ大切な者を奪われていない貴方に何が分かると言うの!?」

「……」

「クラウディーは母と妹を奪われ、私の大切な人たちも次々にグリムリーパーに殺された。クラウディーと私は、同じ復讐心で結ばれていた。しかし、最近ようやく見つける事が出来た妹への愛情の狭間で、心がどうしようもなく揺れ動いてしまった。……そう。こうなったのも全ては私の責任。でも、どうして78億人も居る中で、妹とグリムリーパーが同一人物じゃないといけないの!?違ってもいいじゃない……違っても……」

「会いに行かないのか?」

「会えるわけないでしょう‼グリムリーパーを殺すためにクラウディーを雇っていた張本人なのに!会って私に“まだ生きているのか”なんて眠っている妹に向けて言わせるつもり⁉」

「ボス。もっと自分に正直になれ!確かにボスは優秀だが、妹の前では只の姉だろう?」

「ナトーの前では、もう何度も姉だと言っているわ」

「真心を込めて?」

「……」

「幾つもの戦争を見て来たボスに僕が言うのもなんだけど、もうグリムリーパーの事は忘れろ。だいいちそのために掴まった僕を、政治的な手段を駆使して助けたんだろう、妹に万一のことがあった時の医師として。サオリも同じ目的で利用していた。違うか?」

「そう思っているのなら、いつまでも眠らせていないで、サッサとナトーを直しなさいよ‼」

「医学的には全てを尽くしたわ」

「サオリさん……」

「あとは家族の力と、愛の力が必要なの。会ってあげて」

「うん……」

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