鐘楼から鳩が飛ぶとき①
絞め堕としたセルゲイが気付いたときには、仲間共々縛り上げていた後だった。
私は彼に、どうしてあのとき拳銃を拾おうとした仲間を止めたのかと聞くと、彼は驚くほど清々しい笑顔を見せてから答えた。
「もう、これ以上負けを認めずに意地を張り通す訳にはいかないだろう」と。
「そうだな……」
戦いには必ず勝者と敗者に分かれる。
勝者は敗者に対して、思いやりを持たなければならない。
だから私は、かける言葉を探していた。
ウクライナ一国の転覆を計ったこの男に、どんな言葉を掛ければ良いのだろう?
「なあ、聞いていいか?」
「なんだ?」
「種明かしをしてくれないか」
「なんの?」
「俺を倒す迄のプロセス」
「そんなものはない」
「そうか?じゃあ俺が推理してみていいか?」
「ああ」
「最初に逃げ回っていたのは、次に積極的な攻撃を仕掛ける布石だったんだよな」
「……」
「そして何度も蹴りを放っていたが最初の蹴りは全てフェイクで、2発目の蹴りこそが本当の目的で、その標的は俺の手にダメージを与えることだった」
「……」
「そうやって俺は自分の手にダメージを与えられているとも知らず、オマエの蹴を上手く捌いているものと思っていた」
「……」
「そして膝の裏に蹴りを入れて俺に立つことまで封じ込めてから、最後の仕上げが三角絞め。さすがだ。まったく、さすがだ」
「すまない。私は勝たなければならなくて、勝つにはアレしかなかった。許してくれ」
「何も謝ることはない。俺だって約束したんだからな。それに……」
余程負けたのが悔しかったのか、セルゲイが強く歯を噛んで歯が割れた音がした。
「セルゲイ、お前いま一体何をした!!」
「な~に、虫歯が割れただけだ。それより、オマエが考えたんだろう?あの作戦」
「あの作戦?」
「ああ、ウクライナ軍に戦闘をさせずに、各国の対テロ部隊を組織させた作戦だ」
「私一人が考えたわけではない」
「でも、発案者はオマエだ」
「あの作戦を敷かれたとき、既に俺たちは負けを認めなければならなかったんだ。そうだろう?」
「……」
セルゲイの体が傾いて、私に寄り掛かる。
「そして、市役所での勝利で一気に国民の意識を味方につけた。今にして思えばあの勝利がオマエたちにとっていかに大切で、俺たちへ引き際を促すものだということに気が付かなければならなかった。それなのに馬鹿だな、俺は」
「引き際は難しい。あのナポレオンだって引き際を間違えた」
「優しいな、オマエは」
「そうでもない。だってグリムリーパーなんだからな」
私の言葉にセルゲイが咽ながら笑い、私はその体を介抱するように抱いた。
「もっと若いうちに会いたかった」
「ああ、私もだ。そうすれば、間違いは起きなかった」
「軍人というものは切ないな……」
そう言い終わると、セルゲイはゆっくりと私の手に体の重さと温もりを預けてきた。
上空にはクリミア警察のヘリがやって来て、ようやく山頂付近まで登ってきた仲間たちの声が聞こえた。
「ちっ、ようやく来やがったぜ」
ヘリから降りてきた年配の私服警官がコヴァレンコ警部に「大丈夫か!?いい歳して無茶しやがって」と声をかける。
おそらく、この人が警察学校の同級生なのだろう、コヴァレンコ警部も「面目ねえ」と応えた。
「畜生!コイツらリフトを止めやがったから、もう汗だくだぜ!」
記念碑まで上がってきたモンタナが、そうボヤく。
モヒカンのくせに珍しく野球帽を被っていた。
「モンタナ、その帽子を貸してくれ」
「良いですが、隊長にはだいぶ大きい気がしますが……」
「ありがとう。でも被るのは私じゃない」
「コイツがセルゲイ?」
ジェイソンがグッタリとしているセルゲイの顔を覗くが、その顔は直ぐに被せた帽子で隠された。
「死んでいるのか?」
ハンスが来て言った。
「ああ、歯に隠していた毒物のカプセルを割って……」
「あっけないものね。あんなに手強かったセルゲイが、あっさり自殺するなんて」
「人一倍恥ずかしがり屋だったんだろうな」
皆が口々に話す中で、メントスが言った言葉が胸にしみた。
そう。
セルゲイは屹度人一倍恥ずかしがり屋だったのだろう。
だから一所懸命努力して、頑張って良い軍人になった。
そして誰かに利用された。
“軍人というものは切ないな……”
セルゲイの最後の言葉が耳に残る。
確かに軍人は切ない。
なんの恨みもない人と戦って、時には殺さなければならない。
しかも命令は絶対。
セルゲイは軍人として、命令を実行したに過ぎない。




