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フルメタル  作者: 湖灯
鐘楼の鳩が飛ぶとき
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セルゲイ・ウシャコフ②

 だがセルゲイも私の反撃を読んでいたらしく、ひらりと身をかわすと同時に煙幕弾を放って逃げた。

「ざまあみやがれ‼それにしてもナトー、いつの間に銃を2丁も持っていた?」

「工場の通信室に居た2人から奪った」

「と、言うことは、こうなる事も予測していたのか?」

「まあな、私なりにベストを尽くした」

 そう言って笑顔を向けたあと「追うぞ!」と声を掛けた。

「追うって、どこに?煙幕で見失ってしまったぞ」

「大丈夫だ、奴等は逃げたわけじゃない」

「逃げたわけじゃない??」

「私が拳銃を撃ったことで、場所を変えただけだ」

「でもどこに?」

「こういう時、どこに逃げる?」

「街へ逃げると、俺たちの仲間に出くわす可能性があるから……上か!」

「行くぞ!」

 ここから丘を登ると、頂上にはヤルタの街が一望できる記念公園がある。

 記念公園に行くには途中までリフトも使えるが、そんなものを使うと的になってしまうから直線で550mの坂道を駆け上る。

「トーニ、私の直ぐ後ろに付いて離れるな!」

「あいよ!でもなんで?普通は10m開けるんじゃねえの?」

「その方が、速く走れるんだろう」

 トーニが私に着いて来られるのは、いつも私の真後ろに付いているときだけど、それが何故なのかは正直分からない。

 こうして坂道を上ると言う行為は、隙だらけと言ってもいい。

 何故なら既に私たちより高い位置に居る者にとっては、どんなに上手く隠れながら登っていたとしても“丸見え”なのだから。

 上に居る奴等の中に、ライフルか自動小銃を持って居る者が居れば、格好の的になってしまう。

 だがセルゲイは私を生け捕りにしようとしているから、狙撃手に私を撃つような指示はしないがトーニは違う。

 もしトーニが単独で登って来るのであれば確実に狙撃兵の的になるだろうが、私の傍に貼り付くように着いて来るトーニに対してセルゲイは撃つように指示を出さないはず。

 あの男の弱点は何かにつけて“疑り深い”と言うところ。

 年齢的にももう40代後半で体力的にも峠を越えてしまったのだから、何もかも自分自身で行っていた頃のようにはいかないから、信用できる部下として私を欲しがっているのだろう。


 セルゲイの功績は俺でも知っている。

 チェチェン紛争、南オセチア紛争、クリミア危機にウクライナ東部紛争。

 特筆すべきはウクライナ東部紛争での、第二次ドネツク空港の戦い。

 ウクライナ軍に1階を占拠されて2・3階に孤立したドネツク兵の元へ駆けつけて来たセルゲイは、2階の床に爆弾を仕掛けて一気に床ごと1階の天井を落とし、ウクライナ兵を生き埋めにしてドネツク兵たちの危機を救った。

 非情だが、もっとも効果的で味方の損害も最小限で済む。

 こんな大胆な作戦を考え付いて実行するのも凄えことだが、敵の中を掻い潜って孤立している味方の元へ辿り着いた勇気と技量はもっと凄え。

 おそらくこんな事を平然とやってのけるのは、セルゲイの他にはナトーしか居ねえ。

 疑り深い奴のこったから、自分より技量の劣る部下は信用できねえ。

 だが寄る年波には勝てねえ。

 体の衰えを知った奴は、若い頃の自分に似ているナトーの知恵と勇気と技量が、喉から手が出るほど欲しくて堪らねえんだろう。

 ナトーに自分の若い頃を映し出しているからこそ、手元に置きたい。

 まあもっとも、ナトーの場合、アノ容姿だけでも引く手あまただろうけど。


 リゾートホテル街が途絶えて、頂上にある記念公園まで約1/3の所まで来ると、そこからは自然公園の森の中を登る事になる。

 いやな予感しかしない。

 森の小道に入った途端、早速敵が現われた。

 街で私たちを、つけていてトーニに囮になってもらって倒した奴が2人復活して挑んで来た。

「あの時は不覚にも騙し討ちに、あってしまったが今度は、そうはいかねえ!」

 手に持っている武器は、鉄パイプ。

 下手に防御しようものなら、骨をへし折られてしまう。

「わわわっ、コイツ、どうしたらいい!?」

「私の指示を待って飛び込め‼」

 鉄パイプではないが、棒を振り回す敵に対する訓練も日頃行っている。

 鉄パイプや金属バット等を持つ敵の脅威は、その振り回す遠心力による破壊力。

 例えば長さ150cm5㎏の鉄パイプを毎秒2回転の速度で振り回した場合、先端の速度は約70km/hにもなり約120kg重の力が掛かるから腕で跳ね返そうとして迂闊に手を出せば骨が折れてしまう。

 だが同じ鉄パイプを同じ速度で回していたとしても1/5の位置に当たる30cmの場所では、速度は約13.5km/hで僅か24㎏重の力しか掛からないから飛び込んで、より相手の手元で対処する方が良い。

(※上記の鉄パイプの先端部の持つ運動エネルギーは約1170jにも及びます。ちなみに野球の大谷選手のホームランの打球は約200jのエネルギーで打ち出されていますので、重い鉄パイプを振り回すことがいかに危険か良く分かると思います)

 訓練では非常に危険なため一応は手加減を加えるが、今は実戦だから手加減は無い。

 敵の振り回す鉄パイプを避けながら、トーニに注意を向けタイミングを計る。

「今だ‼」

 私の合図でトーニが飛び込む。

 上手く相手の懐に飛び込んだトーニは、訓練通り相手の腕を取り、その円運動に逆らわず投げを打つ。

 鉄パイプを振り回すのに大きな力を使っていた敵は、自分自身の掛けた力を利用され大きく宙を舞った。

「よっしゃぁー‼」

「投げて満足するな!敵が着地した瞬間を狙って止めをさせ!」

「あいよ!」

 トーニは投げ飛ばした敵が地面に着地した所で蹴りを入れ、止めを刺した。

 トーニが上手く敵を投げ飛ばしたところで、次は私の番。

 私は斜面の下側に回り込み丁度投げた時に敵が斜面の下側に向かう様に、一旦下がって敵が詰め寄った所で懐に飛び込んで投げを放つ。

 宙に舞い上がった敵は、より高く舞い上がり斜面の下側に打ち付けられると、そのまま数回転転がって動かなくなった。

「ひゃ~高く投げたもんだ。こりゃあ止めは要らねえな」

「高く投げたわけじゃない。斜面の場合投げを放つ位置も意識すれば、より効果は高くなる」

「さすがナトー!」

「馬鹿、これからは自分でも考えてやれ!」

「了解」

 そこから更に進むと、まさに“復習しなさい”とでも言う様に、また同じように鉄パイプを持った敵が2人現われた。

 今度は何も指示を出さなかったが、トーニは直ぐにコツを掴み相手を斜面の下側に投げ飛ばしてノックアウトさせた。

 “コイツ、実は思っていた以上に格闘術の素質がある”

 こうして待ち伏せして襲い掛かる敵を次々に倒して、とうとう頂上の戦勝記念碑に居るセルゲイの所まで辿り着いた。

 頂上で待っていたのはセルゲイ1人……いや、あと3人隠れている気配がするが、姿は見えない。

「足カセになると思って殺さずにいたが、そのチッコイ男も相当やるものだな」

「バッキャロー!舐めんな‼」

「何故逃げずに待っていた」

「逃げる?俺の目的はここでお前を仲間に迎え入れることなのに、何故逃げる必要がある」

「しかし、お前はもう詰んでいる。直ぐにこの丘に私の仲間たちがやって来る。そうなればもう逃げ場はない」

「残念ながら、お前たちの負けだ」

 セルゲイが合図をすると手下が2人、手錠を掛けた男を連れて来た。

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