裏切り②
出口の坂道まであと少しと言うところで、前方から見覚えのある黒い車。
“プジョー508GT、エマの車だ!”
「エマ!」
叫んで、大きく手を振るとエマの車が止り、俺は助手席に乗り込んだ。
「リズが裏切った」
「まさか!?」
車が動き出す。
しかし、その方向は出口とは逆にリズが居る方。
「エマ、まさか、君まで……」
咄嗟に走っている車のドアを開けて外に出ようとしたが、オートロックが掛かっていてドアが開かない。
「ゴメンね」
持っていたワルサーP22でエマを撃ち、そのハンドルを奪い取ることも出来るが、それをする気にはなれなかった。
車がリズの前で止まる。
リズの周りには10人以上の黒服。
「さあ、拳銃は仕舞って、降りましょう」
平然と言うエマの手に拳銃を渡すと、エマはそれをジッと見つめて「ワルサーP22ナトちゃんらしいな」と言ってポケットに仕舞った。
車から降りると、隣の男性に肩を貸してもらい、ようよう立っているリズが俺を見て笑った。
“攻守逆転って訳か”
「どうリズ、御気分は? それにしても1人で立っていられないなんて、酷くやられたモノね」
リズは痛みを堪えながらニヤッと笑い「さすがにエマが惚れこむだけのことはあるわね」と答えた。
「じゃあ、チャンと説明してあげなさい」
エマに、そう言われてコクリと首を縦に振ったリズがパチンと指を鳴らすと、近くにいた黒いバンの扉が開き、4人の女性が出てきた。
その姿を見て俺は、思わず“あっ”と小さく声を漏らした。
車から出てきた4人は、同じ格好。
ブロンドのショートボブにセルロイドの眼鏡を掛けた、地味な服装の女子。
「こっ、これは!?」
4人の女性は背の高さも、顔の輪郭も違うが、その姿ときたらまるで……そう。
それは、俺の変装した姿そのもの。
「どう?」
「これはいったい何?」
隣にいるエマに聞く。
「ゴメンね。リズが、どうしてもって言うから隠していたんだけど、リズたちはDGSI。つまり国内治安総局のエージェントで、DGSEが海外で諜報活動を行うのに対して、リズたちDGSIは国内の治安維持活動。つまり国内で起こるテロ対策が主な仕事なの」
「どうしてそれを俺に隠していた!」
「そ、それは……」
困った顔をするエマに代って、リズが答えた。
「エマから、リビアでの話を聞いて、1度だけ敵として戦って見たくて私から頼んだの」
「敵として?」
「そう、敵として。だって最初から味方だって分かっていたら、それなりのルールを守っちゃうでしょ。足だって、こんなになるまでは屹度蹴らないと思うわ」
「すまない。でも、俺は銃も持っていたんだぞ。もし、それを使っていたらどうするつもりだったんだ!」
「ナトー。貴女はむやみに銃を使わないし、人も殺さない」
エマもリズも知らない。
俺がかつてGrimReaperと言われ100人以上の兵士を射殺した、テロ側の狙撃兵だったことを。
「それで、その俺と同じ格好の女性たちは?」
「この子たちは貴女のダミー。つまりナトちゃんの命を狙う暗殺者への囮っていう訳。4人のうち2人は男性よ」
「おとこ!?」
「そうよ。このファッションの街パリで、おかっぱ頭の眼鏡っ子。いわゆる地味っ子は逆に目立つ存在。もしもあの時、白雪姫みたいな金髪のロングにでもされていたらダミーなんて使えなかった。暗殺者は絶えず写真と実物を照合する必要があったからね。ところが地味っ子は、その特徴だけを言えば写真を見なくても察しが付く」
「俺をつけていた暗殺者を逆に、つけていたのか」
「そう、DGSEに出入りしている軽~いノリの民間業者の娘という立場の私に、直ぐに奴らは目を着けたわ。そして変装をしていない貴女の正体を地味っ子だとバラしてあげたら、シャネルの香水をくれたわ」
「ダミーの目的は、かく乱か」
「それもあったし、ダミーを着け回す暗殺者も逮捕したわ」
「終わったのか」
「そう。短期間に終わらせないと、本番に差し支えるでしょ。おかげさまで今日貴女を追っていた暗殺者がザリバンの差し向けた7人の刺客の最後の1人だったわ」
リズの話を聞き終わったあと、エマの手を掴んで歩き出す。
「ど、どうしたの? ナトちゃん」
戸惑った声を出すエマには応えずにドンドン進み、介護用のトイレに入り鍵を掛けて、向き直る。
「どうして、俺に隠していた」
「だ、だって、囮作戦だったから知らない方が……」
「そっちはいい」
「えっ、じゃあリズのこと?」
「そうだ。あのときエマまで裏切ったのかと一瞬思った。そして俺は拳銃を持っていたから撃とうと思えば撃てたんだぞ!」
「でも、ナトちゃんは撃たなかったよね」
優しく見つめてくれるエマの目を睨んでいて、急に鼻がツンとしてきた。
「エマの馬鹿!もし撃っていたら、どうするつもりだったんだよ!」
急に涙が零れ出し、エマの胸を子供みたいに叩いていた。
「ごめんね。ナトちゃんに辛い思いをさせてしまって」
泣きじゃくる俺を、エマが優しく包んでくれた。




