裏切り①
リズの、流れるように絶え間なく繰り出される技を止めるのは容易ではなかった。
なぜなら、その技は早いだけではなく、ひとつひとつの技が繋がっている。
ひとつの技を繰り出すと同時に、既に次の技が始まっているから、最初の技を止めても次の技を喰らってしまう。
それに、見せかけだけの技や変な動きのあとに繰り出される技も有り、どの技が本当なのか見極めないと、簡単にやられてしまう。
しかもタイミングも微妙に変えている。
モンタナのパワー殺法や、ブラームのキックボクシング、フランソワの喧嘩殺法のように一発で相手を沈めてしまうような威力はないものの、一度相手の流れに呑み込まれると逃げられなくなる恐れがある。
受け流すだけでは、こっちの体力が奪われる。
肝心なのは相手のバランスを崩させて、リズムを狂わすことだ。
リズの回し蹴りが飛んでくる。
後ろに下がって避ければ、第2弾が来る。
前に突っ込めば掌底。
俺は前を選び、案の定掌底を撃ち込まれ、その手を軽く掴んだ。
リズは掴まれた手を逆手に投げられるのを想定して、俺の背中を使って回転して向きを変えてくるはず。
予想は当たった。
リズの背中が、まるで猫のように丸くなる。
だが俺はリズを投げないで、持った手を離し、その場に伏せた。
伏せた目の前にあったリズの足首が、ワンテンポ遅れて地面を強く蹴るのが分かった。
本来なら、上手く俺の背中を利用するはずだったから、軽く蹴るだけで済んだはず。
強く蹴る事で少しだけテンポがずれる。
素早く起き上がると、背中を向けていたリズが後ろ向きに体を回転させながら飛んで来て、左の裏拳と右のエルボーを仕掛けてくるタイミングをかわし、膝関節を抜くようにしてカクンと身を落して避けた。
尻もちをつく寸前に再び膝に力を入れて体を捻じり、右足で通り過ぎようとするリズの左足を払い、バランスを狂わせる。
そして、そのまま両手をついて体の回転を止め、突っ伏すような体勢から左足を思いっきり伸ばす。
狙いは、バランスを保とうとして踏み込もうと出されたリズの右足。
旨くその右の太ももにヒットさせることが出来、リズが大きくバランスを崩した。
上体を起こさないでそのまま回転して、もう1度リズの右太ももに蹴りを入れると、リズが大きく声を漏らした。
そして立ち上がり際にも、同じ個所にもう一発。
“軸の狂ったコマは、もう回れない”
好きではないが、あとはなぶりものにしながら白状させるだけ。
リズが蹴りを放つ。
もう最初の速さも無ければ、キレもない。
軽く避けながら、更に彼女の右太ももに蹴りをお見舞いする。
音のない静かな駐車場に、パンと言う打撃音と共にリズの悲鳴が響く。
もう右足で体重を支えることもままならなくなったリズが肩で息をしながら俺を睨む。
「さあ、話してもらおうか。なぜ俺を敵に売った?」
「さすがね……」
リズの表情に余裕を感じた。
“罠か!?”
そう感じて、直ぐにリズから離れて駆けだした。
俺の勘違いだとしても、リズはもう遠くには行けないはず。
そしてもし罠だとしたならば、敵の姿を確認してから動いたのでは遅すぎる。
最初に抑えられるはずのドアは最も危険なので、ドアから遠ざかるように駆けだした。
案の定、背後からドアの開く音が聞こえた。
そして駆けだした途端、車の急発進するタイヤの悲鳴。
腰に仕舞っておいたワルサーP22を再び手に取り柱の陰に隠れ、近付いて来る車のフロントタイヤに3発撃った。
最近のタイヤは性能が良いので、5.56㎜弾1発当たったくらいでは、高速走行をしていない限り走行を止めることはできない。
旨く3発の弾が当たりタイヤがバーストして、その影響でハンドルを取られた車が斜めに通路を塞ぐようにして止まった。
2台目の車が慌ててバックギアに入れて、後続の3台目に追突した。
駆けだした俺の目の前に見えるのは、出口の坂道。
ここを登れば、その先は街だ。
街に入れば、もうこっちのもの。
“これで逃げ切る事が出来る”




