クラウディからの招待②
私たちも敵の陣形に合わせてお互いの死角をカバーするように横に並び、お互いに自身に向けて突進してきた相手だけを倒すのではなく、時にはダンスを踊るように手を繋いで急にターンしたり反動をつけ合ったりしながら協力してチャンスのある敵から順に倒していった。
残る敵は4人。
「どう、俺も結構やるだろう?」
「さすがだな。でも調子には乗るなよ」
「了解!」
正直言うと、びっくりしている。
部隊で行っている格闘術の訓練実績から考えると、最初の3人くらいまでは戦力として使えるが、それ以降はKOされてしまい私一人で戦わなければならないと思っていた。
まさか、ここまでやるとは思っても居なかった。
20人を相手にしながら私たちは息ひとつ上がっていないというのに、残っている4人は額から汗を流し息も荒い。
正面の奴が突進して来る。
「トーニ、背中を借りるぞ」
「ああ、いいともさ!」
正面から敵の攻撃を懐に深く誘い込み、合わせたトーニの背中を押しながら相手のパンチを放った手首を握り足で腹部を蹴り上げると同時に、トーニが腰を折って私を乗せる。
体勢的にはトーニの背中の上で、敵を巴投げにする形だから、高さがあり相手に与えるダメージはそれだけでも半端ない。
空中で相手を投げ捨てた敵が、トーニの正面に居た敵をなぎたおす。
更にトーニが上体を起こして私を上斜め前に放り出してくれたので、その反動を使ってその向こうに居た敵の背後を一瞬にして取り、私はそいつの肩を掴みトーニに向けて走り出す。
私の動きに呼応してトーニも素早く前に突進したから、その突き出された頭部に自身の腹部を打ち付ける格好になり「うっ!」っと鈍い唸り声を上げた。
敵の肩を掴んでいた私は、そのまま奴の俯せの体を跳び箱代わりに飛び越えて、反対正面に居た最後の1人にドロップキックをお見舞いして倒した。
思いがけず、あっと言う間に20人の敵を片付けてしまった。
しかも、こっちはノーダメージ。
それもこれもトーニのおかげ。
けれども良いことばかりじゃない。
いや、良いことは続く……。
「どんなに優秀な部下を与えても、指揮官が馬鹿だと話にならんな」
いつの間にかクラウディーの後ろに、中年の逞しい男が立っていた。
顔には古典的なタイプのホッケーマスクをつけている。
〝セルゲイ?″
「何を⁉お前の部下が無能なだけだ!見ているがいい」
マスクの男に言われて憤慨したクラウディーが、私を目掛けて突進して来る。
背は私より少し高い程度だが、体重は90㎏近くありそうなガッチリとした体格。
トーニが私とクライディーの間に入ろうとするのを制止した。
「相手は1人。私がやるから手を出すな!」
クラウディーは低い体勢から何度も素早いタックルを仕掛けて来る。
あの病院で初めて会ったときに思っていた通り、レスリングの心得があるようだ。
女同士とは言え、体重差は30㎏近くあるから掴まれたらお終い。
エマとなら毎晩でも抱き合いたいが、コイツに抱かれるのは御免だ。
何度かタックルをかわしながら、通り過ぎざまにクラウディーのハムストリングに細かい蹴りを入れる。
高みの見物をしていたセルゲイが「闘牛だな」と揶揄う声が聞こえて来たが、私への復讐心の強いクラウディーは私の技や攻撃パターンも良く研究しているから、放ったハムストリングスへの蹴りは体重を抜かれて左程効果は無かった。
セルゲイも、おそらくその事はお見通しで、クライディーを揶揄する事によって私が効果的に蹴りを入れていると勘違いさせようとしているに違いない。
ただし主導権はクライディーが握っている。
もっとも体力的には運動量の少ない私の方が、今のところは有利なのには違いないが相手は何時までも攻撃パターンを崩さない。
時間が長引けばさっき倒したばかりの20人が復活してしまう。
1対1の体力では有利だが、このまま攻撃をかわしているだけでは、時間の経過とともに私は不利になって行く。
モンタナと初めて戦った時の様に、かわし際にも私を捕まえるために手を横に伸ばしてくれれば倒すこともできるのだが、彼女はタックル以外に一切の余計な動作をしない。
“馬鹿の一つ覚え”という言葉があるが、馬鹿の一つ覚えほど崩しにくい物は無い。
横向きに飛び込んで、足を引っ掛けるか?
いや、彼女の低い体勢だと、引っ掛けようとする私の足の方が先に掴まれてしまう。
思いっきり飛び越えて、バックを取るか?
いや、彼女もその可能性は充分考えているはずだから、飛び越えざまに衣服を掴まれてしまう。
真っ書面からガードを掻い潜って正拳突き、もしくは蹴りをお見舞いするか?
いや、たとえそれが有効打になったとしても、あの首の太さだと直ぐには気絶しないだろうから、そのまま倒されてしまうだろう。
そして意識が朦朧としていても、彼女の復讐心が萎えない限り私はヘビに巻き付かれたヤギの様にゆっくりと絞め堕とされてしまう。
考えている間も、クライディーの執拗なタックルは続く。
ならば、私の取る手は、ひとつ!




