クラウディからの招待①
廃工場の門は錆びて閉まっていた。
だが鍵は掛けられていなくて、動かすと来訪者を告げるようにギィィッと悲鳴を上げた。
トーニと見つめ合い、門を開けて中に入る。
いつ銃で撃たれるか、どこで狙われているか分からないのでスクラップになったトラックや置かれたままの資材沿いに用心しながら進む。
もっとも、なにも要件を言わないうちに殺すような奴なら、もともと招待などしないのは分かっているが……。
鉄製のドアを開けると、そこは広い倉庫になっていた。
何が入っているのか分からない人の背丈ほどもある木箱が横に並び、ガランとした空間が広がるだけの明りも灯っていない暗い倉庫。
「薄気味悪いな」
「まあ、そうそう明るい所に姿を現せるような奴等でもないだろう」
「ドブネズミにゃあ、相応しいってえ場所だな」
トーニと話している時、急に薄い灯りが灯る。
「よく来たな」
女の声。
「クラウディーだな」
女の影が、薄暗い倉庫の壁に大きく映し出される。
「ようこそグリムリーパー。ここはお前の墓場だ」
「てめーの墓場になるという事は、考える能力がねえのか?」
「はっはっは、なかなか面白いことを言うピエロも一緒か」
「ピエロ?俺様を舐めるんじゃねえ!俺はオメーにとってピエロじゃなくジョーカーだぜ」
「じゃあ、殺す前にユックリなぶりものにしてあげるから、ジョーカーであることを証明して見な!」
クラウディーがパチンと指を鳴らすと、目出し帽をして顔を隠した部下たちが私たちの側面と背後を塞ぐように出て来て並ぶ。
その数は20人。
どいつも、見るからに鍛え上げられた精鋭と言った体格の持ち主。
「20対2だぞ、どうする?」
「個々対応では無理だから、作業を分担するぞ」
「分担!?」
「2人ずつ襲って来るだろうが、相手をするな!」
「相手をしないって?」
「少しだけ時間を稼いでくれ。私は倒す係、トーニは止めを刺す係だ」
「り、了解!」
クラウディーがもう一度パチンと指を鳴らすと、20人の中から2人の敵が前に出て来て、それぞれトーニと私の前に並んだ。
見た感じ、私とそう年齢が変わらないくらい若い隊員。
この若さで、セルゲイの特殊部隊に抜擢されるとは余程優秀なやつに違いない。
だが、相手の技量を感心しては居られない。
何と言っても相手は20人。
戦う前から自分のペースに持ち込んで、出来るだけ相手から動いてもらわないと、こっちの体力が持たない。
「先ずは小手調べで、“弱い奴から”って訳か」
「なんだと、この野郎!」
さすがに若いだけあって血気盛んに、私のかけた言葉に反応してくれた。
目の前の奴がいきなり襟元を掴もうとしてくれたので、その腕を取り身をかわして相手を一回転させてからトーニとポジションを換わる。
トーニが転んで起き上がろうとする敵の側頭部を蹴り上げて倒し、私はそのトーニに回し蹴りを充て損ねた後に後ろ向きに肘打ちを放ってきた敵に足を掛けてバランスを崩して倒し、そこにすかさずトーニが頭部にキックをお見舞いする。
「なかなかやるな!」
「まあな、格闘技は苦手だけど、サッカーは得意なんだ」
「さすがイタリア人」
2組目も同じように倒し、3組目の時にはトーニが調子に乗って、まだ立っている状態の敵にオーバーヘッドキックをお見舞いして倒した。
「どうでい!華麗なもんだろう‼」
「馬鹿!調子に乗って無駄な体力を使うな。まだ14人も居るんだぞ。それに敵も攻撃パターンを変えてくるはずだから、気をつけろ!」
「気をつけろって、どうする!?」
「とにかく、私から離れずに時間を稼げ!」
「時間を稼ぐ!?りょ、了解!」
予想通り、敵はトーニと私の引き離しに掛かって来た。
私への攻撃も接近戦を避けて、キックが主体。
もちろん蹴り技であっても、倒すことはそう難しくはないが見極めを謝ると逆に相手の餌食にされてしまう。
右のローキックを受け止めて逆に捻って相手を倒し、そのまま顔面に膝を落として倒したが、もしこのローキックがフェイクだったなら私は相手の右足を持ったままの状態で左ハイキックを顔面に受けていただろう。
〝トーニは⁉″
トーニの援護をしようと振り向いた途端、次の敵が襲い掛かって来た。
なるほど、もう2人でフォーメーションをする暇は与えないという事か。
なんとかトーニには自力で戦ってもらうしかなくなったが、彼は私の回りを反時計回りに相手とじゃれ合う様にしながら非常に効率的に時間を稼いでくれている。
それならば私も相手を反時計回りに回せば、トーニの戦い方をサポートできるし、敵にとっては常に背後の様子も気になるはず。
「左、ロー!」
私の合図で放ったトーニの左ローキックが相手の内転筋を捉えた。
バランスを失った敵が倒れた音に、私と対峙していた敵の気が逸れた隙を見逃さず腹部に飛び込んで肘を入れ、こちらも簡単に倒すことが出来た。
相乗効果。
お互いがお互いを見られる状況を作った私たちと、お互いに見られない状況を作ってしまった敵との違い。
次に出て来た2人も同じ戦法で片付けると、それまで何も言わずに見ているだけだったクラウディーが苛立った様子で「相手のペースで勝負をして勝てると思っているのか!」と叫ぶと、残りの9人が輪を小さくした。
もう試合形式で遊んでもらえそうにないらしい。




