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フルメタル  作者: 湖灯
鐘楼の鳩が飛ぶとき
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ナトーの涙③

 7人目を倒した後、回収した敵の携帯が鳴った。

「Allô(アロ:もしもしのこと)」

 <……>

「誰だ」

 <これから言う住所にある廃工場に行け、住所は○○××>

 通話は、それだけで切れてしまった。

「クラウディーって言う女か?」

「ああ」

「いよいよ待ちに待った敵の女からか!で、なんと言っていた?もう部下を痛めつけるのはやめてくれ~って泣き言か?それともヤルタだけあって降伏宣言でもしてきたか?」

 トーニは賢いけれど、時々無茶苦茶な事を言うから困る。

 ヤルタで行われたのは第2次世界大戦後に国際連合を創立させる話や、アメリカとソ連の戦後の利害関係の調整などが行われたのだが、きっとそのヤルタ会議とポツダム宣言がごちゃ混ぜになっているのだろう。

 訂正してあげたかったが、急いでいたのでスルーしてエマに連絡を取った。

「エマ、いま敵から連絡が入った。電話番号を言う〇〇××〇□〇〇」

 <OKやったねナトちゃん。その番号に間違いないわ!>

「エリアを調べるのに、どのくらいかかる?」

 <直ぐよ……ちょっと待ってね……発信地点はミンスクの東、パルチザン区にあるプロテスタント教会付近よ!>

「凄いな。何故そんなに一瞬で分かるようになったんだ?」

 <実はニルスだけじゃなく、日本に居るガモーとレイラにも協力してもらって、速攻で発信エリアが分かるシステムの構築をしてもらったの>

「さすが!では、そっちの方は頼む。私たちは指定された○○××にある廃工場に行く。ところで、そっちの方の準備は?」

 <OKよ!>

「凄えな、もうセルゲイの居場所が分かったのか。で、これから俺たちはどこへ行く?」

「‎工場跡地だ」

「そこで、誰かが待っていると言う寸法だな」

「おそらくな」

「じゃあ敵から、武器を回収しておくか?」

「いや、武器は持たない。持つとしても廃工場の中に入ってからいただく」

「それまで丸腰を貫き通すのか?」

「ああ、それは最初から決めていた事だからな」

「OK!ナトーの、そう言うブレねえ所が最高に指揮を高めるぜ!」

「ありがとう」

 ここはロシア勢力下。

 一般道を歩いているときに武器を携帯して敵に掴まってしまうと、犯罪者扱いされてしまう可能性が有る。

 しかも街中で敵と銃撃戦にでもなってしまえば、敵もしくは敵に懐柔された目撃者の証言により私たちが先に銃を撃ち始めた事にされてしまえば、逆にテロリスト扱いされてしまう。

 そうなれば、今までウクライナの平和のためにしてきたこと全てが仇となってしまう。

 銃を携帯していなければ、銃撃戦にはなりようもない。

 だから偽の目撃者が虚偽の報告をしたところで、調べて貰えれば私たちが襲われた事は直ぐに分かる。

 そして、たとえ銃で射殺されたとしても被害者で済む。

 幾らその事が分かっていたとしても、明らかに武器を持っている敵の待ち構えている場所に、丸腰で行くのは相当な勇気が必要なはず。

 なのに、トーニは文句も言わないで着いて来てくれる。

 その気持ちだけで嬉しい。

 2人並んで黙々と歩いているうち、交差点の向こう側に、とうとう道の向こうに廃工場が見えて来た。

 私は立ち止まって、トーニの正面に向き直る。

 少し驚くトーニの目をジッと見つめて言う。

「トーニ、ありがとう」と。

「どうした、改まって」

「今まで色々と世話になったが、ここからは私一人で行く。だから君は私が出てくるまで、ここで待っていてくれ」

「じょ、冗談は止めてくれ。俺はナトーのボディーガードだろう。この先どんな事が有ろうとも、俺は着いて行ってお前を守ってみせるぜ!」

「駄目だ。危険すぎる」

「危険な任務を避けていて、外人部隊が務まるかよ」

「さすがだな……」

「あたぼうよ。俺様は生粋の軍人だぜ」

「ならば話は早い。トーニ・グライムス上等兵、これにて私に対するボディーガードの任務を解く。1時間この場に待機した後、キエフ駐屯地への帰還を命令する」

「……」

「……」

 お互いにしばらく見つめ合った後、トーニが急に笑い出した。

「何が、おかしい!」

「いや何がって、いつも完璧だと思っていたナトーも、こんな簡単なミスをするんだなと」

「私がミスをした?いつ?」

「いま、って言うか、とっくの昔に罠に掛けられちまっていたみてえだな」

「罠!?一体何のことだ?」

「じゃあ聞くが、今のナトーのボスは誰だ?」

「いま、今はDGSEに収集されているからエマ少佐だ」

「じゃあ俺は誰に命令されて、ナトーのボディーガードに着いたんだ?」

「あっ!」

「そう、ハンス隊長の命令だ。だからナトーには俺様を解任する権限はねえって言うこと」

 “しまった!”

 ハンスがあの時ニヤッと笑ったのは、こういう事だったのか!

「で、でもそれで本当に良いのか。今ならまだ私の命令で……」

 交差点だというのに、いきなりトーニにハグされて、言葉が止まってしまう。

 たまに部隊の仲間たちとハグし合う事はあるけれど、これはハグじゃなくてトーニは私の事を抱いてくれている。

 その証拠に、トーニの温もりがジワジワと私のハートを温め、心臓の鼓動もトーニの鼓動と共鳴するように早鐘を打っている。

 トーニが、私の事を……。

「命令の有る無しなんて関係ねえ。俺の大切なナトーを俺に守らせてくれ」

 トーニの真剣な黒い瞳が近付いて来る。

 トーニの唇が私に重なり合う直前で止まる。

 私は目を閉じて、トーニの肩に回した腕を引き寄せて、自らその唇を求めた。

 車が行き交う交差点の横断歩道に止まったまま爪先を立てて覆いかぶさるように、しがみ付くことでフラフラする体を支えてもらいながら唇を合わせていた。

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