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フルメタル  作者: 湖灯
鐘楼の鳩が飛ぶとき
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ナトーの涙①

 寝る前にエマに状況確認すると、今2回目、つまり空港へ向かうために道路を曲がったエリアまでの集計が終わった所だと言っていた。

 あとは追跡者が変わっていたとしても、受け側の携帯が同じであれば、空港で一気に絞り込むことが出来る。

 絞り込めればミンスクとモスクワと言う違う国に入ったとしても、どうにか追う事ができる。

 こうして行くうちに受け側の携帯番号が確定すれば、最後はその受け側の携帯をマークして相手が発信さえしてくれればエリアが分かり、通話時間が長ければ通信場所の特定も出来る。

 次の日、目的地のヤルタへ出発する前にエマに連絡した。

「おはようエマ、状況は?」

 <だいぶ進んだわよ。もうボスらしき番号までは特定できた。あとは奴から電話を掛けてくれれば何とか発信エリアまでは特定出来るよ>

「寝ていないのか!?」

 <寝ようって誘ったんだけど、ニルスったらもうパズルごっこに夢中で、全然誘いに乗ってこないなのよ。どうにかしているわアノ子。ところでそっちは、寝たの?>

 うっ、答え辛い。

 エマの聞いている“寝た”と言うのは“睡眠”とは違う方の意味であることは間違いない。

 ここで迂闊に“寝た”なんて言うと、揶揄われてしまうから「睡眠は充分に取った」と答えると“ナトちゃんには珍しく今朝はプライベートでも冴えているわね”と笑われた。

 どういう意味……?

 エマとニルスが頑張てくれたおかげで、予定よりも早くセルゲイの居場所がつかめそうだ。

 あとはセルゲイが自ら発信するのを待つだけ。

 おそらく、このまま待っているだけでは決して奴は発信しないだろう。

 では、どうする?

 とりあえず、出発の準備に掛かる。

 またこの窮屈な防弾ベストに悩まされるのかと思うと、少し憂鬱。

 トーニはよく我慢できるな……まだ寝ているトーニを見ながら、胸に突起物のない男性を羨ましく思う反面、彼がもっている感情や欲情によって突起する物を悪戯してみたくなる欲望に駆られる。

 女だって乳首は立つけれどあんなに劇的に立ったりしないし、男性と一番違うのは性的に興奮しているから立つという事ではないこと。

 もちろん触られれば立つこともあるけれど、普通にしていても服で擦れただけでも立ってしまう事もあるし、寒さで立ってしまう事もある。

 言ってみれば、男の子みたいに欲情を知らせるアンテナみたいになっていない。

 だから男の子の“立つ”行為というのは凄く興味深くて面白い。

 トーニの寝息を確認して、チョッと悪戯心でレストルームに行かずに、ベッドの横で服を脱いで着替えた。

 するとどういう事なのか、トーニのシーツの一部分がまるでテントの様に持ち上がって来た。

 起きているのか?

 慌ててシャツを羽織り、トーニの所まで近づいたが狸寝入りではなくチャンと寝ているみたい。

 〝寝ていても、周囲の雰囲気を探知して反応する仕組みなのか!?″

 男の体は不思議がいっぱいだ。

 トーニが寝ているかどうか確認しに行った時に、ふとその向こうに置いてあったトーニの服に目が行った。

 あれほど装着するように言っておいたのに、防弾ベストがない。

 窮屈なのは分かるけれど、私だって我慢しているのに困ったヤツだ。


 トーニが起きたときに防弾ベストのことを聞くと、最初は着ていたのだが途中で脱いだと言った。

 何故脱いだのかと聞くと、私が少しだけ怒っているのに気付いているくせに“あんな窮屈な物着ていられるかよ!”と逆に不貞腐れて文句まで言い出す始末。

 この言葉に何故か私は感情的になってしまい、思わず服を脱いで装着していた防弾ベストを外してトーニに投げつけた。

「いいか!お前は私のボディーガードとして連れて来ている。私はもうこの窮屈な防弾ベストは着ない!“俺”を本気で守る気があるのならこの防弾ベストを着て俺の楯になれ!嫌ならベストを俺に戻して、何も言わずにこのまま飛行場へ戻れ!」

 私は脱いだ服を抱えて、レストルームに入った。

 怒っていたのに、ドアを閉めると急に悲しくなって涙が止まらない。

 トーニが言うことを聞かなかったのがショックだったのか、反論された事が悔しかったのかは分からないけれど、両方違う気がする。

 ただ、私は純粋に悲しい。

 久し振りに“俺”なんて言葉を使って、トーニに罵声を浴びせた自分の行いに対して、胸を締め付けられるくらい強烈な悲しさを感じる。


 しばらくしてレストルームのドアが小さくノックされる。

 トーニ。

 私は涙で濡れた顔を洗って「なんだ」と冷たく返事をする。

「さっきはゴメン……俺が悪かった。だからお願いだから防弾ベストを着てくれないか?俺にはもうベストは無いが、俺の命を懸けてでもナトーの命は守り通す。だからナトーお願いだベストを着てくれ」

 ドアの向こうで、どんな神妙な顔をしてトーニが行っているのか分かるし、そう言ってもらえるだけでも嬉しかった。

 けれども私は「嫌だ」と答えた。

 1着しかない防弾ベストは、対ピストル弾用のⅢAタイプ。

 ⅢAタイプは主に秒速300m前後の9㎜弾までが対応範囲で、秒速700mを越えるライフル弾やフルメタルの5.56mm弾や7.62mm弾などに対応する能力などない。

 敵はピストルの他にも必ず狙撃要因も居るはず。

 狙撃銃で狙われた場合、もし防弾ベストを着ていない状態のトーニが楯になってくれたとしても、トーニの体を易々と貫通して来た銃弾は防弾ベストも軽く引き裂いてしまうから無意味なのだ。

 トーニにその事を伝えると、承諾してくれた。

 涙で腫れた瞼を隠すため、軽くお化粧をしてドアを開けると、そこにはチャンと防弾ベストを装着したトーニが立ったまま待っていてくれた。

「ごめん、俺の我儘のせいでこんな事になってしまって……だけど俺ぜったいナトーを守るから」

 トーニの言葉に、止まっていた涙がまた一気に溢れ出して飛びつくように抱きついて言った。

「絶対守るのよ、自分の命も私のことも!」と。

 トーニはまるで昔ヤザがそうしてくれたように、大きな手で私の頭を私が泣き止むまでいつまでもいつまでも撫で続けてくれていた。

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