ボディーガード③
いくらなんでも、ナトーと同じ部屋だなんて緊張し過ぎる。
なんでアイツはこんなにドライなんだ?
ひょっとして、俺のことなんてまるで眼中にないってことなのか?
それとも、誘っているってことなのか?
いや、ナトーは男を誘惑するような女じゃねえ。
だからと言って、仲間を小馬鹿にするような態度は絶対に取らねえ。
じゃあ何故??
カチャッ。
いろいろ考えている間に、バスルームのドアが開く音がした。
“やべえ!”
慌ててベッドに潜り込み、シーツを頭から被る。
「トーニ、寝たのか?」
このまま寝たふりをするか?
いや、それじゃあ男じゃねえ!
「起きているぜ!早かったな」
被っていたシーツを除けて起き上がると、ホテルのバスローブを纏ったホカホカのナトーが居た。
お風呂で温まった体は上気して、ほんのりピンク色に染まった艶やかで、きめ細やかな若い肌から艶めかしく湯気が上がる。
しかもバスローブを1枚剥がした中には……。
〝いかんっ!想像しては、いかんっ‼″
邪心を捨て去ろうとする脳とは逆に、体の中心よりやや下からムクムクと熱り立ってくる気持ち。
具現化しようとする如何わしい気持ちに、心臓のポンプが強く激しく鼓動して熱いマグマを送る。
「やべえ!また腹が痛くなってきた‼」
立体化が強調される前に(実はもう手遅れなのだが)バレてしまう前に、慌ててバスルームに飛び込んだ。
たるんだ気持ちを抑え込むために、直ぐにシャワーの蛇口を捻り体中に冷水を浴びせる。
「色即是空~!」
俺は日本の文化を愛するナトーに影響されて読んだ仏教の本に書いてあった、気持ちを落ち着けるための呪文を何度も唱えながら冷水を浴び続けた。
ほっかほかになってバスルームから出て来たナトーとは逆に、俺はガッチガチに体を冷やして出て来る事になってしまった。
ナトーのせいじゃない。
この原因は、俺自身の問題だ。
シャワー室を出て、備え付けのバスローブを取りかけた手を止める。
こんなもの着ていたんじゃ、またさっきの様な現象が起こった時に隠しようがない。
なんたってナトーはバスローブ1枚の体なんだから……。
着替えを取るにしても、リュックを部屋に置きっぱなし。
と、思ったら、いつの間にかレストルームに俺のリュックが置いてあった。
“うひょ~ナトー、気が利くぅ~♬”
体を拭いて、持って来たスウェットに着替えて廊下に出ると、今度は温かで食欲をそそる好い匂い。
でも、もうこの時間はレストランもルームサービスも、外のコンビニエンスストアも開いていない。
いったい何だろう?
「よう、ナトーありがとな!」
レストルームに持って来てくれていたリュックを片手で持ち上げて礼を言って、ナトーがバスローブを脱いでスウェットに着替えている事に気が付いた。
それにしても、この美味そうな匂いは……。
トーニが急にバスルームに走って行ったのは、腹が痛かった訳ではなく私のせい。
早く防弾ベストを脱ぎたかったのもあるけれど、ついエマと居るときの気持ちのままバスルームに入ってしまい、着替えを持って行くのを忘れていた。
お風呂から上がっても全然その事に気が付かないまま、まさか男性と一緒なのに下着もつけずにバスローブ1枚纏って出て行って、驚くトーニの顔を見る迄その事に気付きなかったなんて私どうにかしている。
トーニがバスルームに行っている間に、直ぐに着替えた。
間違いでも、あれほど純粋に私を好きでいてくれるトーニを揶揄うような事をしたら神様から罰をうけてしまう。
着替え終わった後、今日貰った機内食を温める。
ホテルの部屋には電子レンジとかは無いので、予め袋から取り出すと暖かくなる使い捨てカイロ高温タイプを持って来た。
これは鉄が酸化するときに発生する熱を利用したもので、なにかと便利。
食事の準備が出来て、あとは温まるのを待つだけ。
周囲を見渡すとトーニのリュックが置いたままになっていた。
トーニは決してこういう状況で、バスローブ1枚羽織って出てくるような奴じゃない。
慌てていて着替えを持って行く事を忘れたに違いないから、シャワーの音を確認してレストルームに置いて来た。
「シャワーを浴び着替え終わって部屋に戻ると、テーブルの上には今日貰った機内食が温められていた。
電子レンジも無いのに、魔法でも使ったのか!?
それと、部屋に備え付けのポットで温められたカモミールティーの良い香りも。
「カモミールは、どうしたんだ?」
「飛行機の待ち時間に売店で買った」
「好きなのか?」
「うん、好きだよ。それにカモミールには緊張を解いて気持ちを落ち着ける静穏作用や、口腔粘膜から食道、胃腸までの消化器系の炎症を和らげる作用や、体を温める効果もあると言われている」
まるで水シャワーを浴びて来た俺に、うってつけの飲み物じゃねえか。
早速温かいうちにカモミールティーを口に運ぶ。
青リンゴの様な、甘い香り。
飲むと喉がスッキリする感じがして、食堂を通り過ぎる時に胸にフワァ~と、ナトーの暖かさが広がるような気がした。
温められた機内食も旨い。
ナトーは、使い捨てカイロを使って温めただけだと言っていたが、ホンの少しでもナトーの手が入るだけで食べ物がこれほど美味しく生まれ変わるなんて思いもよらなかった。
「どうした!?」
飲み食いする本当の幸せを味わいながら、知らない間にナトーの顔をジッと見つめていたことをナトーに言われるまで気が付かなかった。
「いままで食った中で、一番美味しい機内食だぜ」
「それは良かったな」
違う事を言いたかったのだけど、それは抑えた。
本当に言いたかったのは〝これからもずっと、ナトーと向かい合わせで、こうしていつまでも食事が出来たら幸せだ″と素直な気持ちを伝えたかった。




