新たな作戦②
酒宴も無事に終わり、部屋のベッドの上に俯きに寝て、携帯で撮影したビデオを見なおす。
司法解剖と鑑識による現場検証の結果は、明日聞くことができるが相手はプロだろうから真新しい情報が簡単に手に入るとは思えない。
ノックの音がして、エマが入って来て私の横に、同じ格好で横になり画面を覗く。
「やっぱりクリミアかなぁ?」
「分からない」
「分からないって?」
「たしかに、宛名不明の小包はクリミアから届けられた。でも、どうして?」
「それは、何か大切な物とか約束していた物を送ったんでしょう」
引っかかっているのは、まさにその点。
わざわざ暗殺者を送り込むのなら、証拠が残ってしまう小包など送る必要が無く、暗殺者が直々に持って行けば事は足りるはず。
しかも犯行後に証拠隠滅のために部屋の掃除をしながら、ゴミ箱には小包の空箱が残されたまま。
エマに、その画像を見せて、どう思うか聞いてみた。
「ひょっとしたら、犯人たちとは関係ない人が送ったものなのかも。そう考えれば、犯人たちが気付かなくても不思議じゃないわ」
犯人たちとは関係のない人間。
「つまり、この小包の送り主は、暗殺犯とは関係のない人物と言う訳?」
「分からないけれど、現場に残されている以上、因果関係は少ないと言えるでしょうね」
「つまり、中身は他愛もない物で、差出人もブレジネフとは何らかの面識はあるが、事件には関与していない。と言うこと?」
「私が差出人で、犯人の仲間だとしても、そう言い逃れをするでしょうね」
「たしかに。……エマなら、どうする?」
「どうするって、その差出人を捕まえにクリミアに行くんじゃなかったの!?」
「クリミアには2人で?」
「まさか。ロシアが実効支配しているから、なにか有っても味方は居ないわ。当然味方になる部隊は必要になるから今ハンスが動いてくれているのよ」
「それだ‼」
「それって?」
「仮に私たち、いや私たちのバックアップをする部隊がクリミアで捕まったらどうなる?」
「あっ!……」
たとえウクライナ軍ではない私たちであろうとも、武器を持っている限り何らかの工作員として疑われる事は間違いない。
そして私たちはテロリストとして扱われるだろう。
そうなれば、このウクライナで起こっていたテロ撲滅作戦も、立場が逆転する可能性だってある。
つまり親ロシア・分離独立派の過激テロを私たちが鎮圧していた事実は、私たちが親ロシア・分離独立派を狙ったテロリストにすり替えられてしまうのだ。
「じゃあ、どうすれば良いの?」
「Le singe et le chat!」(フランスの詩人ラ・フォンテーヌが、『イソップ物語』を基にして作った「猿と猫」という寓話で、ここから「火中の栗を拾う」という、ことわざが生まれました)
「行くの!?」
「行くしか手がない」
次の日の朝、食堂へ行くとトーニが珍しくオートミールとサラダを食べていた。
「腹は大丈夫なのか?」
「あたぼうよ」
返事は良いが、なにか元気がないのが気になったが、エマと一緒に午前中にキエフ警察に結果を聞きに行かなければならなかったので先に食事を済ませて出発した。
「いやぁエマさんに、ナトーさん。お待たせしました」
書類の束を持ったコヴァレンコ警部が出てきて、私たちを応接室に案内してくれた。
「やはりブレジネフさんの死因は、急性アルコール中毒による心不全でした。しかも直接血液中に含まれたもの」
「注射ですか?」
「いや、座薬でしょうな。しかしナトーさんから直腸を調べるように言われていなかったら我々は分からなかったでしょう」
コヴァレンコ警部は、喋りながら検死の際に撮影された写真を机に並べた。
注射による挿入は針の跡が残るので避けたのだろうが、座薬を使った場合だと炎症痕が残る。
考えたつもりだろうが、所詮現代の捜査技術で完全に証拠を残さずに殺人を犯すのは不可能なのだ。
「あと、血中からジエチルエーテルの成分も確認されましたので、無理やり眠らされている間に座薬を挿入されて殺害された線が強いでしょう」
「犯人の指紋や遺留品などは?」
「綺麗さっぱり」
コヴァレンコ警部は、そう言って両掌を肩まで上げた。
「アパートへ外部からの侵入者の形跡は?」
「少なくともブレジネフさんがチェルノブイリから戻って以降は、不審な人物は確認されていません」
「と言うことは、アパートの住人の中に犯人が居るってこと?」
エマが驚いて私を振り向くが、アパートを借りる行為自体、足がつく可能性は高いのでそれは無いだろう。
「空き部屋は有りますか?」
「2階と4階に2部屋ありますが……ま、まさかチェルノブイリでの戦闘が行われる前から!?」
「おそらく、そうでしょう。ピッキングでブレジネフの部屋に入った奴等ですから、空き部屋に進入するのは容易い事でしょう。それから空き部屋の前の持ち主を調べて貰えませんか?」
「前々からブレジネフさんに的を絞っていた可能性も考えられます。つまり前の持ち主が計画的に空き部屋を作った可能性もあるという事です」
「なるほど!」
コヴァレンコ警部は、納得して手の平に拳をポーンと打ち付けた。
「あと、小包の件なんですが」
「なにか分かったんですね!」
「指紋は無いし、中にはおそらくクリミア土産のチュルチヘラ(クルミのお菓子:カリッと炒めたクルミを甘いぶどうの果汁で固めたもの)が入っていたと思われますが、事件と関係あるようなものでもなさそうです。あとは差出人の写真だけ入手出来ました」
「差出人の写真?」
「小包の伝票から、様々な情報が掴めます。いくら依頼人が偽名を使っても、何時に受付をしたものか分かりますので、その時間の防犯カメラの映像を見れば差出人は分ります」
「でも、クリミアではウクライナの警察権限は通じないのでは……」
「なーに、私もこの様な歳ですから、警察学校時代の仲間がクリミアにも居ましてね。そこでチョッと頼んだのです」
「さすが!」
「まあ、年寄りもたまには役に立つと言うものです。……で、これが、依頼人です」
1枚の写真がスーッとテーブルに差し出される。
コンビニエンスストアの防犯カメラに映った人物の写真。
手には、確かに、あの小包を持っている。
〝これは!!″




