原子炉建屋へ③
仮設にしてもボロ過ぎる梯子を使ってコンクリートで出来た分厚い壁に登る。
元々あったものなのだろう事は壁が原子炉の外側に傾いている事と、上部が爆発により引き裂かれるように失われていることで分かる。
上に登ると屋根裏に溶接で止められた簡易的な階段が見え、その階段にアクセスするための縦に伸びる階段があった。
おそらくこの屋根は、別の場所で作られた物をクレーンで吊ってここに据え付けられたものなのだろう、コンクリートの壁と階段までの隙間が1m近く離れていた。
階段に飛び移り上がって行くと、瓦礫が散乱する風景と次の部屋の壁も上部が吹き飛ばされている姿、そしてその奥に在るはずの最も厚く頑丈な原子炉室の外壁が跡形もなく破壊されている姿が見えて来た。
まだ原子炉からは離れているので放射線量は150ミリシーベルトと低いが、気温は40度と非常に高い。
奴等がまともに放射線防護服を着ていないのも頷ける。
天井から吊るされた階段の入り口にはロープが巻かれていて、この階段が今は使われていない危険な物だと分かったが、行くしかない。
階段は所々溶接が剥がれていて、体重60㎏の私が動くだけでもかなり揺れる。
そして、見えて来た光景は、まさにこの世の地獄。
炉心上に設置されていたはずの、分厚いコンクリートで出来た圧力隔壁の蓋が爆発で滅茶苦茶に壊されて圧力容器の上に縦になって引っ掛かり、その下の溶岩で埋め尽くされた容器の中に敵が1人落ちて死んでいた。
横になった蓋から出ている無数のパイプは、本来は原子炉容器内に在るはずの核燃料棒を収めているはずのダウンカマ―と呼ばれるもの。
外周にも圧力隔壁内に合った数々の配管類や、その圧力隔壁が壊された部分から覗いている主循環ポンプの無数の配管が、まるで外骨格生物の内臓が飛び出しているように見えた。
あまりにも酷い光景に目を奪われていると、階段に振動が走って揺れた。
<ナトちゃん!ナトちゃんどうしたの!ナトちゃん!>
耳にはユリアの声が私の名を叫び続けている。
どうしたのかと思って辺りを見ると、下で仲間割れしていた奴等が私に気付いて、銃を乱射していた。
既に神経が侵されているのか上手く照準が合わないらしく、あれだけ撃っているのに弾は全部私の2mほど後ろに集中していたので助かったが、まとならとうにハチの巣になって死んでいただろう。
敵との距離は30m。
しかも奴等はヘルメットも着用していなくて、放射能防御服の頭巾さえパーカーの様に軽く頭の上に被せているだけ。
迷わずスタームルガーLCRを抜き応戦するが、さすがにこの超ショートバレルモデルではこの距離と階段の揺れは大きく思ったようには当たらない。
それでもなんとか3人倒し、残りはあと3人。
シリンダー内の8発全部を使い切り、空薬きょうを回収して次の弾を装填しようとしたとき、突然階段が激しく揺れたかと思う間もなく後部の接続部が千切れて階段が屋根から垂直に垂れ下がる形になった。
振り落とされそうになるのを手すりに掴まって何とか持ちこたえたが、そのせいで持っていたスタームルガーLCRを手から離してしまった。
一応落とさないようにと紐で繋いでいたが、シリンダーには弾がない状態で手すりにつかまっているから片手しか使えないので給弾は難しい。
チアッパに手を伸ばすが、これとて1人しか倒せない。
<ナトちゃん大丈夫⁉>
「ああ、怪我はない」
<私に任せて!>
ユリアのドローンが敵を目掛けて突っ込んで行く。
「ユリア止めろ‼」
<大丈夫、特攻はしないわ。私が敵を引き付けている間に、早く上がって>
「OK!」
特攻攻撃をしてしまうかと思っていたユリアは、ハエの様に敵の傍を飛び回り注意を引き付けてくれた。
ユリアが時間稼ぎをしてくれている間に、垂れ下がった階段を何とか登りきるまで幸運が続くのを祈るしかない。
もう少しで垂れ下がった部分から脱出すると言うときになって、急に不吉な予感がして振り向くとユリア機に向けて照準を合わせようとしている敵がいた。
「ユリア!危ない‼」
私の声にユリアが回避行動を取ろうとしたが、一瞬遅く被弾してバランスを失った。
「ユリア―‼」
通信機をやられたのか、ユリアからの応答がない。
咄嗟にチアッパを構え、今ユリアを撃った奴を射殺した。
ユリアのドローンはバランスを失い炉心に落ちかけたが、なんとか機体が斜めになりながらも大きく旋回して墜落を避けて上昇した。
4つあるプロペラのうち1つは完全に破壊されて止まり、対角線にあるもう1つも破損して上手く回っていない。
中心部にあるリチウムイオンバッテリーからも、煙が上がっている。
ヨレヨレになりながらも、なんとか高度を上げて原子炉建屋からの脱出を図るユリアだったが、手前の壁を越えたときに機体の一部を引っ掛けてしまい向こう側の壁の根元に墜落した。
「ユリア―‼」
ユリア機を追って、そしてそのユリア機を撃とうとした憎むべき敵を殺すために、手すりを掴んでいた手を離し飛び降りようとしたときに何者かに背後からサスペンダーを掴まれて振り向いた。
「無駄な事は、止めなさい!」
分厚い放射線防護服で顔は見えないが、聞き覚えのある声。
そいつが手に持っていたライフル(ルガー10/22)を片手で発射して、残っていた2人の敵をたった2発で片付けてしまった。




