ホテル・クレオサンの戦い③
飛び込んだ先に居たのは、敵兵ではなく2体の男女。
男は、少し汚れた白のタキシード。
女は、汚れていない純白のドレス。
女の方は、眩しいほど鮮やかな金髪の髪に、シルバーの王冠を付けている。
なんだ、コイツら……。
2体とも生身の人間ではなく、マネキン。
並べられたテーブルには戦闘糧食が散らばっている。
屹度、暇つぶしにホテルの衣装ケースを漁ったに違いない。
「それにしても、良く出来ていやがる。まるでナトーのようじゃねえか」
「馬鹿、私は金髪でもなければ、髪だって長くはない」
「そりゃあ、見たまんまじゃねえか」
「見たまんまじゃ、駄目なのか?」
「鏡に映っている姿なんて、本当の自分じゃねえ。本物の自分の姿って言うのは、考え方や行い、それに思いやりなんか全部が混じって初めて本当の姿になる」
「でも、これはマネキンだぞ」
「これはマネキンだが、奴らによって命を吹き込まれたマネキンだ」
「奴等によって?」
「そう。故郷に残した家族や恋人を思う気持ちが、このマネキンを作り出したのさ」
「よせ、戦場だぞ……」
「戦場で不謹慎かも知れねえが、それは違う」
「違う?」
「俺たちも敵も同じ人間。殺し合わねえとならねえのは、お互いに憎み合っているからじゃねえ。戦争のためだ。人を思いやる気持ちを失わず、戦争を憎む気持ちを持っていれば、自ずと答えが出る。そういう事だろ?ナトーが今までやってきた事は」
またしてもトーニの意外過ぎる一言に、胸がキュンと鳴ってしまった。
いや、只のキュンではなく、キュン⁴くらい。
しかも戦場なのに!
「さあ、行くぜ!こうしているうちにモンタナやブラームたちが怪我をするといけねえ」
“えっ、なっなに。更に胸キュンしちゃうじゃないの……”
「行―くーぜー‼‼」
トーニが勢いよく通路に続くドアに突っ込む!
“あっ、でも、トーニ違う‼”
飛び込みざまにドアノブを握るトーニ。
でも、このドアのヒンジの向きは、こちら側に開くようになっている。
慌てて止めようとしたとき、肩に掛けていたHK-416が落ちそうになり拳銃を持っていない方の手で持ったせいで両手で銃を持つ武器マニアみたいな格好になってしまう。
仕方ない、こうなったら援護するしかないけれど、どうかドアがビクともしませんように……と、心の中で祈る。
激しくドアに打ちつけられるトーニ。
長年放置されているせいか、ぶつかった衝撃で呆気なくドアが壊れる。
ドアと一緒に倒れ込むトーニの手からシリンダーごと取れてしまったドアノブが零れて飛び、通路の斜め前に土嚢を積んで陣取って居た敵の機関銃チームのど真ん中に落ちた。
4人の敵兵は、急に飛んできたドアノブを手りゅう弾と勘違いして、機関銃を残したまま結婚式場に逃げ込もうとする。
その時、敵と眼と眼が合った。
敵兵は装備を放り出して逃げる体制。
トーニは倒れているくせに、なんと銃だけはチャンと敵を捕らえている。
私といえば、両手に銃を構える、まるで映画に出てくるような女戦士。
つまり2人きりだけど、偶然にも3丁の銃が敵を捕えている状態。
既に、ドアノブを手りゅう弾だと思った時点で敵の戦意は喪失していたはず。
本当なら式場に一旦逃げ込んで、装備を替える間に気持ちを切り替えるはずだったに違いない。
そのはずだったのに、振り返れば2人の敵に後ろは塞がれていて、しかも3丁の銃がロックオン。
そりゃあ、一旦萎えてしまった戦意はもう元には戻らない。
彼等の選択肢は3つ。
やけっぱちでこのまま戦うか、辺り構わずに逃げ出すか、降伏するか。
彼等は私の顔を見て、両手を上げて降伏した。
お互いに最良の答え。
私の合図でイライシャとシモーネが、降伏した敵を拘束するために裏を周ってやって来た。
壊したドアの上で伏せ撃ちの構えで敵を威嚇していたトーニがいつまで経っても起き上がらない。
どうしたのかと思って覗き込むと、敵を威嚇していたのではなく、なんと脳震盪を起こしてダウンしていたのだ。
“困ったヤツ”
誰にも見つからない様に、気絶しているトーニの頬にそっとキッスをして、式場の中に連れて入った。
長い通路を防衛していた機関銃陣地の無効化に成功したことで、1階と上層階を分断することができた。
先ずはモンタナたちが1階に下りる広い中央階段を制圧し、次はロビーやフロントで応戦していた敵に綻びを入れ、それに合わせて2階から非常口を固めていた空挺4にバックヤードからの突入を指示すると一気に崩れ出した。
崩れるタイミングに合わせて、正面玄関から空挺1と2を突入させると1階の守備に就いていた敵はことごとく降伏した。
外で守っていた空挺3を正面玄関から突入させ、代わりにバックヤードから空挺1を外に出し、森に隠れるように迂回させてまた正面から突入させた。
空挺2と3にも同じようにさせて、最後に空挺4を森の中に展開させて建物周囲の警戒に当たらせた。
ついでに我々からも、カールとブラームの2人を狙撃手として厨房に続く中央の非常階段と、客室の端にある非常階段の封鎖を命じて出した。
これでもうあとは時間の問題。
1、2階が我々の部隊により制圧されたために、外から6つの分隊が建物内に進入して来るのを見せつけられた彼等は、混乱しているに違いない。
なにしろ自分たちの小隊は既に1/3以下の戦力しか残っていないにも拘わらず、敵である我々は2個小隊も建物内に進入している様に見せかけているのだから。
おまけに脱出口はスナイパーに抑えられている。
各班の軍曹には、下から順番にフロアに着き次第、軽機関銃でドアをノックするよう乱射した後に“ズダヴァッァ!(降伏しろ)”と声を掛けてやるように言った。




