エマとナトー③
寝返りをうち、エマの入るスペースを空けると、直ぐに背中の向こう側が沈み込んだ。
肩に柔らかい手がかかる。
「ゴメンね」
「いいよ」
「あら、素直ね」
「だって、私だって本当はエマと一緒に居たかった。でも人数は限られるから、仲良しクラブを作るわけにはいかない。人の能力ごとに、より適性の高い部署を担当してもらった方が効率はいい。エマなら、わかるよね」
「わかるわ、適材適所ね。私は司令部に戻って、今後起こり得る全ての事態と最前線に居るナトちゃん達の為に最善を尽くす……でも、その前に、こっち向いて」
「嫌だ」
「泣いているの?」
「泣いてなんかいない」
「でも、鼻声よ。ハンカチ要る?」
「要らない」
本当はさっきから涙が零れそうになっているのを我慢していた。
エマが振り向かない私の体を後ろから優しく包んでくれる。
「今日、政府の担当者から原発の状況を聞いた。もう事故から40年近く経つというのに、まだ同じ規模の災害を起こす可能性があるという事だった」
「やはりそうだったのね。どうも公表されるデーターが甘いと思っていたんだ。じゃあ、攻撃する前に付近の住民を避難させるのね」
「いや、非難はさせない」
「でも、核分裂が起こったら一瞬で拡散するのよ。チェルノワに掛け合ったら!?」
「無理だ」
「無理?」
チェルノワとは、現職のウクライナ大統領“ナタリア・チェルノワ”。
いくらチェルノワでも、30年以上も歴代の大統領が国民に嘘をついていたとは発表できない。
今、もしそんな発表を行えば、消える寸前だったテロの火は正に核分裂の如く凄まじい勢いで広がり、もう二度と消すことは叶わないだろう。
「だったら、どうやって戦うつもり!?ミサイルはおろか手りゅう弾も使えないんじゃないの?」
「その通り。超近接戦闘になるだろう」
「でも、おそらく相手は今までのリトル・グリーンメンじゃないわよ」
「ああ、間違いなくスペツナズ上がりだろうね」
「何人?」
「わからない」
「前言撤回!私も行く‼」
「駄目だ!」
慌てて体の向きを変え、エマを睨む。
そこにあったのは意固地なエマの顔ではなく、優しい顔が微笑んでいた。
「ほら、やっぱり泣いていた」
そう言って、頬に付いた涙の滴をしなやかな指先で拭ってくれた。
濡れた瞳のままエマの瞳を覗くと、チョコレート色の瞳も涙が溢れそうになっていた。
「エマだって泣いているじゃないか」
「あら、素直に認めたわね。でも私は泣いていないの。興奮すると濡れやすい性質なだけよ。知っているでしょっ」
「そんな所まで濡れる女なんて初めてだ」
「そうね。でも私、ウクライナ(ここ)に来て殆どSEXしていないから、欲求不満が溜まってこんな所からでも愛液が出ちゃうの。だから、宥めてくれる?」
「男じゃないけれど、いいのか?」
「好きな人となら、性別なんて関係ないわ」
「馬鹿……」
珍しくおとなしいエマを包むように抱いた。
シャワーを一緒に浴びた後、エマに聞かれた。
私が、進入してきたこと、気付いていたの、と。
私は正直に気付かなくて寝ていたと答えると、窓からの侵入者が私ではなくてセルゲイだったらどうするつもりだったの!と怒られた。
でも入って来たのはセルゲイではなくエマだったと笑って返すと、呆れた顔でアンタそのままイルカになれるわ、と呆れられた。
たしかに、そうかも知れない。
私は自分でも知らないうちに、右脳と左脳を交互に休ませているのかも。
「あら、このシャツ」
「ああ、それはクリーニングに出そうと思って」
嫌な予感がしたら、案の定。
「あら、こんな所に白い染み。なんか変な臭いがするわ。何この臭い」
「わーっ!嗅ぐな‼」
しまった!
司令室でハンスを抜いてあげたとき、全部飲んだと思っていたのに、零れていたのか!?
慌ててエマの居るドレスルームに駆け込んで、シャツを取り上げた。
「あっゴメン。歯を磨いている私の口から垂れた歯磨き粉だったわ。それにしても、どうしたの?そんなに慌てて」
「なっ、何でもない!」
そう言いながら、シャツをコッソリ鼻に近づけて匂いを確かめたが、何も匂わないし歯磨き粉の後も確認できなかった。
“やはりエマの罠だった……”




