悪い予感
「誰が学生なの? そして誰がお母さんなの?」
去っていく日本人の男たちが振り向いて手を振るのに応えて、手を振り返している俺の後ろからエマが言った。
「あれ? エマ、日本語分かるの?」
「少しくらいはね」
エマが納得のいかない表情で俺を睨む。
そのあとのフォローは、いつもより大変だったと言う事は、言うまでもない。
外人部隊内で最近話題になっている事。
それは、最近部隊のある町の近くでよく見かける、ショートボブの眼鏡っ子。
勿論、それは変装している俺のことだけど、それは誰も知らない。
週に一度、休暇の時にDGSEの拘置所にレイラを訪ねているが、その道中の身の安全のためにエマから変装して出歩くように強く言われている。
俺としては、何も疚しいことは無いのだから、正々堂々といつものままで居たいのが本音。
向かってくる敵など倒してしまえば良いし、寧ろ俺を囮として敵が集まってくれる方が、何が起こっているのか分からないけれど、その事件の解決は早い気がする。
しかしエマはそれを許してはくれない。
“優秀なエージェントは、いくつもの顔を持つものよ”
なんて言う。
俺はエージェントじゃなく傭兵だと言っても聞いてくれない。
「おはよう、リズ」
「あっ、おはようナトちゃん」
DGSEの廊下ですれ違ったとき、ケヤキ並木を散歩しているような好い香りがした。
いつもの安物じゃない高級そうな香水の香り。
「リズ」
思わず呼び止めた。
「なに?」
「ううん何でもない。良い香りね、その香水」
「ありがとう」
リズは笑って通り過ぎて行った。
DGSEに出入しているものの、彼女はエージェントでもなければ職員でもない、民間の出入り業者。
ボーナス時期でもないから、彼氏さんからプレゼントでもされたのか、それとも何か良いことがあって思い切って自分で購入したのか。
たかが香水ひとつのことだけど、気になって仕方がなかった。
レイラを訪ねたあと、エマのオフィスに寄ったあと2人でDGSEの食堂でランチをとった。
「レイラ落ち着いて居るね」
「うん。やっぱりナトちゃんの言った通り、もともとはあんな組織に入るような人じゃなくて、いい人なのよ」
「ザリバンの方から、なにかアクションは?」
「暗号めいた手紙がたまに来るけれど、全て検閲しているから彼女の所へは届かないわ。もっとも、それが届いたとしてもレイラはもうザリバンには戻らない気がするの」
「俺も、そう思う。 だけど、ザリバンはそれが分かっていたとしてもレイラを取り返しに来る気がしてならない」
「さすが、優秀なエージェントね」
「揶揄うのは、よせ!」
「あら、少しも揶揄ちゃいないわ。DGSE内部でも、まさかパリ迄は来ないだろうって言うのが主流よ。私は違うけど」
「やはり、来ると思うか?」
「思うわ、しかも半端じゃないくらいにね」
エマ・ウォーカー大尉
DGSE(対外治安総局)のエリート幹部。




