チェルノブイリ原発の脅威②
今聞いたチェルノブイリ原発の現状を考えると、日本で起こるような地震があっただけで安全と言う2文字が失われる恐れがある。
幸いここは日本の様な地震の多い地域ではないが、我々が攻撃することも地震と同じ被害をもたらし可能性があるばかりか、攻撃された敵が逃げる際に爆破する可能性だって考えておかなければならない。
だから迂闊に手は出せない。
「ニルス中尉、プレデター(無人偵察機)からの情報はどうだ?」
「はい、我々のドーローンが一瞬敵の動きを察知できたものの、その後プレデターからの新たな情報はありません」
「そうか……」
地下壕に居た部隊の突撃に合わせて、プリピャチの部隊を出動させたことで、我々に居場所が察知された可能性は敵も考えているはず。それなのに未だに居座ったままと言う事なのか?
これは一体何を意味する……。
“敵の意図は何だ?”
考えている途中に、ふと顔を上げると、ハンスと目が合った。
青い瞳が、同じことを考えている。
チェルノブイリ。
最後の決戦の場所……。
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教に於いて最終的な決戦の地はハルマゲドン。
ハルマゲドンは、世界の破滅そのものを指すこともある。
有名なところでは、ノストラダムスの予言。
考えながら周りを見渡していると、ノートを執っているマーベリックの所で目が留まる。
“そうか、答えは既にマーベリックが言っていた”
「マーベリック中尉」
名前を呼ぶと、マーベリックは何だろうという顔をして私を見た。
「さっきの発言を、もう一度繰り返してくれないか」
「さっきの……」
マーベリックは少しだけ、思い出す様にしてから言った。
「何も知らずに我々が攻撃でもしたら、壊滅的な被害が出るってこと?」
「そう。マーベリック中尉の言った通り、何も知らずに我々が敵を攻撃すれば壊滅的な被害が出る。そしてもし敵の意図が我々をチェルノブイリ原発に導くことだとしたら、我々はテロを鎮圧するどころか、歴史に名を遺すほどの愚行を犯してしまうことになる」
「目的は、そこか‼」
一同が声を揃えて驚く。
驚くのも無理はない。
エサを目の前にぶら下げておいて、迂闊に食いつけば世界中に恥を晒すだけじゃなく、これまでの各国の部隊の努力が水の泡となる最悪のテロリストに仕立て上げられてしまうところだったのだから。
主を釣り上げるどころか、逆にその主に河へ引き込まれてしまうところだ。
「さて、これからどうする?」
「綿密な作戦を練る必要があるな」
「担当者さん、もっと詳しい場所ごとの放射線量を教えてくれ!」
「あと、絶対に爆発物を使ってはならない場所や、連鎖的に危険が及びそうな場所も!」
「原発の詳細な建屋図面も用意してくれ!」
にわかに会議室が活気づいた。
会議では、部隊を3つに分けることが決まった。
1つは、この場所に残る本隊で空挺隊の半数が担う。
これは今までの経緯から、最悪我々を誘き出すための罠である可能性も残しての事。
もちろん屯所の警備だけならウクライナ軍のレーシ中佐にも頼む事は出来るので全部隊をチェルノブイリ方面に投入する事は出来るが、その場合近くで何かテロを企てられた時に国軍が動くことになり、そうなれば敵をテロ活動家としてきた今までの構造は壊れロシア人民解放軍VSウクライナ正規軍の戦いに発展しかねなくなる。
当事者同士が何も声明を出さなくても、幾つかのマスコミはそう言う構図にして国民を惑わせてしまうだろう。
事件は、なるべくショッキングに伝えた方が視聴率や販売部数は取れるもの。
2つ目は、プリピャチ市街地に入る部隊で、これはG-LéMATを含めたLéMAT全員と空挺のの頃半数担う。
そして原発に何かあった場合の対応部隊としてG-LéMATと他の部隊からの志願者を募っての選抜で行う。
志願者の選抜と言う形を取りG-LéMATだけを強制的に当たらせないのは、勿論危険度の高い任務と言う事に間違いはないが、それにも増して不屈の精神力が必要とされる。
確かにG-LéMATのメンバーは最高の技術と体力と不屈の精神力を併せ持つが、だからと言って”死にに行け”とは命令できない。
他の部隊からの志願者を選抜する意味は、G-LéMATからの志願者が少なかった時のための保険的な要素ではなく、対応部隊の中にも必ず”非戦闘員”が必要となる事が予想されるから。
志願者の選抜はハンスと私が担当する。
3つの部隊は、それぞれ屯所はルーカス大尉、プリピャチへの攻撃はハンス司令自ら指揮を取りマーベリック中尉が前線に立つ、原発への対応部隊はプリピャチへの攻撃に加わりつつ非常事態の際に即時移動する事となった。
そして作戦本部は現場と屯所に置き、屯所の方はドローンなどへの指示や緊急事態の発生の際の各種手続きもあり、そっちの方はエマ少佐とニルス中尉が仕切る。
「イザック准将、恐れ入りますがDC(Declaration of confidentiality:機密保持宣言)を発令させてもらって宜しいでしょうか?」
「おいおい、そんなこと私の判断を仰ぐ必要なあるまい。肩書は准将だが、ここでは単なるゲストだ」
「承知しました」
准将から了解を貰った後、ハンスに目で合図して我々外人部隊の将校だけでDCのレベル協議を行った。
もっとも軽いのがDLC(Declaration of limited confidentiality)で、これは限定的守秘義務宣言となり、主にある一定の部署や人が対象となる。
重いものではDIC(Declaration of important confidentiality)重要機密保持宣言となり、機密保持のため隊員たちの行動に制限を掛けることが目的となる。
協議の結果最も重いDMIC(Declaration of the most important confidentiality)最重要機密保持宣言を採用する事にした。
これは機密保持のため基地内に居る全員に対して基地からの出入りを禁止する命令で、これが発動されると極最小限の重要な役割を担う者のみの出入りしか許されない。
対象となるのはウクライナ軍の食事係りから、丁度居合わせただけのタクシー運転手まで、いわゆる全員。
ハンスの指示で、ストラホリッサに駐留するG-LéMAT以外、基地内に居る全員に48時間のDMICが発動された。
全隊員ではなく、全員。
「私や、この方たちもか?」
イザック准将が驚いて、政府から派遣された役人たちを指さした。
「申し訳ありませんが、DMICに例外はありません」
ハンスが准将に向かってキッパリと言う。
DMICを敷いたのは当然情報の漏洩を防ぐ為。
隊員や、その家族、出入り業者による情報漏洩は、端的に内容を吟味された暗号電文よりも質・量ともに多い。
「本作戦の実行は翌朝10時以降の12時間以内とする。各自持ち場に戻り準備を急げ」
「「「了解‼」」」




