タトゥーの女
時計の針が午後3時を指したとき、部屋にある1階のロビーと通じているインターフォンが鳴った。
「お客さん?」
「そうよ。貴女のね」
「私の?」
「そう。だから早く服を着て」
言われるままに服を着た。
さっきのインターフォンの主がドアの所まで来てチャイムを鳴らす。
“誰だろう? もしかして……”
ドキドキしながら鏡を覗き込むようにして、着衣と髪の乱れを入念にチェックしていると、20代後半くらいの綺麗な女性が白いスーツケースを持って部屋に入って来た。
髪は金髪のロングヘア―をポニーテールに纏めて、ノースリーブの白いシャツからのぞく二の腕にはサソリの入れ墨。
身なりは一応整えてはいるが、香水は安っぽく香りがキツイ。
期待していたお客さんと違ったことが、少し相手の採点を厳しくした。
「やあリズ、時間通りだね」
エマはそう言うと、リズと呼んだ女性とハグをした。
少しヤケる。
「あの子よ」
部屋には俺たちの他に誰も居ないというのに、エマが指さすまでリズは何故か俺の方を向かなかった。
そしてようやく向けられたそのブルーの瞳には、ほんの一瞬だけ突きさすような鋭さがあった。
「あら、モデルさん? とても綺麗ね。それにキュート」
話し出した途端、まるで刀を鞘に仕舞うように瞳の鋭さは消え、言葉と同様に温和になった。
白いスーツケースを開くと、その中には化粧道具と数種類のウィック、それに何か分からない検査機のようなものが入っていた。
「何をするの?」
エマに聞くと「変装」と返事が返って来た。
「何のために?」
エマから変装と言われた時点で薄々気が付いていた。
リビアでザリバンの目論見を打ち破った。
次に待っているのは、その報復。
「ごめんなさいね。今回はナトちゃんがスッカリ片付けてくれたけれど、そのぶん敵への露出度も高すぎたから」
確かにアジトへ二度も出入りしているし、多くの敵と正面からやり合った。
それだけでは、どこの誰だか分からないかも知れないが、レイラがDGSEに捕らえられていると言う事が分かれば、真っ先に敵はパリを、そして俺を狙うはず。
「先ずは、これから行きましょうね。はい目を大きく開けて」
リズは掛けていた眼鏡を外し、代わりに顕微鏡の先のような物の付いた検査用の眼鏡を掛けて俺の瞳を見ていた。
「両眼とも2.0ね、瞳は大きめだから、ハイこれ付けて」
渡されたケースを開けると、そこには瞳の表面を切り取ったようなものが水を張ったケースに入っていた。
「ホンモノ?」
「なわけないでしょっ、樹脂製よ。あなたコンタクトは初めて?」
「コンタクト……」
「じゃあ付け方からね」
鏡を見ながらコンタクトレンズの付け方を教えて貰う。
装着したのは両眼ともブルーのコンタクト。
それから化粧をしてもらい、最後はウィック。
「どの髪形がお好み?」
そう聞かれても、今までこの髪形以外に変えたことがないから分からない。
エマのように長い髪も良いけれど、俺に似合うのかどうか不安。
そう言えばサオリの髪も長かった。
「う~ん。じゃあこれ」
俺が選んだのはショートボブ。
色はブロンドを選び、それにセルロイドの眼鏡を掛けた。
「わー。ナトちゃん、図書館の司書さんみたい。意外にオタクだったんだね」
「いいの! だって変装なんでしょ。エマは、どんな俺がお好みだったの?」
「たしかに司書さんのナトちゃんにも萌えるけど、私はもっとロングにした白雪姫みたいなナトちゃんが良かったな」
「残念でした~」
そう言って舌を見せた。
俺だって、本当はエマの言うようにロングにしてみたかった。
白雪姫みたいになれるかどうかは分からないけれど、お嬢さんぽくなれると思う。でも、やっぱり自信がない。
エマには司書さんみたいだと言われたけれど、俺のイメージはサオリの助手だった。
あんなことがなければ――もしかしたら、今頃は日本のどこかで、こんな姿に白衣を着てサオリの助手として働いていたかもしれない。
リズ・チェンユン 香港出身の謎の女。
カンフーの使い手でもある。




