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フルメタル  作者: 湖灯
ウクライナに忍び寄る黒い影

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コードネームは「ニケ」②

「みんな、銃を置け」

「大尉!」

「ナトーさんは、話し合うためにこうして来てくれたんだ。だったら我々もチャンと話をするのが筋ではないのか?答えを出すのは、その後で構わないだろう」

 ユーリの言葉に皆が銃を床に置く。

「ナトーさんの仰る通り、我々は潜水艦搭乗員、しかも担当は全員魚雷室。3年前ある事件が発端となり退役した」

 発端となったのは演習用の魚雷の不具合と艦内の構造らしいが、極秘事項に辺り詳しくは説明されなかったが、これが2000年に起きた原子力潜水艦『クルスク』の事故の教訓を生かされていなかった事だけは分かった。

 上層部への度重なる改善を要求したにもかかわらず、逆に事実を知るユーリ達魚雷室のクルー全員が左遷させられ退役した。

 退役したユーリ達は“札付き”の汚名を着せられ、まともに就職する事を邪魔され、ユーリの祖父の故郷であるウクライナに移住して細々と運送屋を営んでいたが、そこにセルゲイがやって来た。

 自らの地位を高める目的でテロを企んでいたセルゲイは、ユーリに協力を求めたがユーリはそれを拒み、どうしても協力者の欲しかった奴はある日チューホフの家族を誘拐しユーリ達を脅して無理やり協力させた。

「なるほど、それが動機だったのか。ところでチューホフの家族はどこに?」

「わからない。ただ……」

「ただ、今度の仕事が終わったら帰す約束だと言っていた」

「だから、最後の仕事が終わるまでは見逃して欲しい!」

 ユーリの後にミハエルが付け加えた。

「無理だ。見逃すわけにはいかない」

 私の返事に、ミハエルは床に置いた拳銃を拾い上げようとしたので、私は彼が拳銃を拾い上げる前に腕を捻り上げて倒した。

 その行動に2名の者が反応して、床に置いた銃を拾おうとしたが、私が動く前にユーリが止めた。

「こんな狭い所で銃を取ると、間違って仲間を撃つ事になるぞ!」

 さすがに優秀な士官だけのことはある。

 この狭い中でも私は私に向けられる銃を防ぐことはできるが、指先に少し力が入っただけで発射できてしまう銃弾は、もう止めることは出来ない。

 しかも銃声が聞こえたとあれば、どこかに潜んで見張っているであろうセルゲイの部下にも知れることになり、そうなれば彼等にとって状況は更に悪くなる。

「ところで、最後の仕事と言うのは?」

「今夜20時に、この荷物を最前線の部隊に運ぶこと。運び終わった後に、使者がチューホフの家族を連れてくる約束です」

「分かりました。では私たちに協力してください」

「協力しても、何もできはしない!」

 私に腕を捻られて倒れていたミハエルが、腕を押さえて起き上がりざまに叫ぶ。

 また性懲りもなく拳銃を取ろうとしたので、蹴りで叩き飛ばして言った。

「ミハエル。君は何も悪くない。ただ騙されただけで、その事に責任を負う必要などない!」

「それは……どういう事です?」

 私の言葉に驚いたイヴァンが聞いた。

「すみません。今まで隠していましたが、全て僕が悪いんです。チューホフの奥さんと子供が誘拐される日の朝、ある男にチューホフの奥さんに届け物を預かっているいるので住所を教えて欲しいと言われて迂闊に教えてしまいました。そして僕が断るのも無視して、その男からお礼にと言われて小さな封筒を貰いました」

「中には何が?」

「10万フリヴニャの小切手です」

(※10万フリヴニャ:日本円で約40万円ですが、2016年の調査によるウクライナ人の平均年収は日本円にすると45万円程度です)

「10万フリヴニャ!?」

 皆が驚いた。

「すみません。僕のせいで、こんなことに……」

 泣き崩れるミハエルにユーリが聞く。

「何か他に情報を漏らすとか、定期的な連絡は?」

「ありません」

「お金は?」

「そのままですし、使うつもりもありません」

「なら、何も問題は無いだろう。どう思う?」

 ユーリが私に意見を求めた。

「私も、何も問題はないと思います。別にミハエルに聞かなくても、小さな村だから住人の誰に聞いても住所は分るでしょうし、逆に誰にも聞かなくてもチューホフの帰宅時間に彼を付けて行けば分かる事」

「では何故、僕に聞いたのです?」

「敵は、内通者を作りたかったか、団結を崩したかったのだと思います。でもミハエル、貴方はどちらにもならなかったから大丈夫です」

 なだめはしたものの、危ない所だった。

 ユーリの仲間の中で、ミハエルだけが本気で私を撃とうとした。

 おそらく彼は、こういう時の為に肩身の狭い思いをさせられ、奴等に利用されたのに違いない。

 セルゲイ大佐。

 さすがに、あのグラコフの親分だけあって卑怯で下劣な事をする奴だと思った。

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