敵中ひとり②
ユーリ達と別れて部屋に戻ると、そこには沢山のヒマワリの花があった。
エマの機嫌を取るために、屹度トーニが買ってきた……いや、自らの機嫌を直すためにエマがトーニ買って来させたに違いない。
「どう?綺麗でしょう」
「明るくて綺麗。ウクライナの花だね」
※ヒマワリは、スミミザクラやセイヨウカンボクと並んで国の花(国花)と言われていて、世界1のヒマワリの生産国で、ヒマワリからとれるヒマワリ油は多くの国に輸出されるウクライナの重要産業のひとつです。
「エマに良く似合っている」
花瓶に挿してあった中の、小さいヒマワリを抜き取りエマの髪にかざしながら、その腰に手を回して引き寄せる。
「やっぱりエマは可愛い」
「まあ、お上手ね」
「いつまでも変わらなく美しいエマで居てくれ」
返事など待たず、バラの様に艶やかで赤く刺激的なその唇に自分の唇を合わす。
エマの目が驚いて見開かれる。
“可愛い”
はじめて出会ったのはリビア。
突然本国からやってきたエマは、テロ組織ザリバンが市内に隠れていると言う情報を得て当てもなく市内を巡回警備する国軍に対して高飛車な態度で罵り『シェーラザード作戦』を発動した。
態度はどうあれ、国軍のやり方に手緩さを感じていた私は共感するとともに驚いた。
シェーラザード作戦とは、数の原理では無く、質の原理。
特に危険な任務となる諜報活動に、エマは外人部隊入隊後初めての派兵となった私を指名してきたのだ。
そして初めてのキッスは着替えるために入った真っ暗なコンテナの中。
しかも今私がしているように、服を脱がそうとボタンを外していった。
当然その時の私はエマの様におとなしくは従わないで、ボタンに掛けた手を捻り、後ろ向きにさせ捩じ上げた。
「ウフッ、あの時と逆ね」
「あの時って?」
「リビアの時。コンテナの中で初めてキッスした時の事」
「覚えていたのか?」
「もちろんよ。私の一番大切な思い出ですもの、いまでも鮮明に覚えているのよ」
「あの時は、手荒な真似をして、すまなかった」
「いいのよ。あの事が有ってからこそ、今が有るんですもの」
エマが悪戯っぽい笑顔を見せて、軽くステップして腰骨を押し付けながら私の横に回り込む。
“しまった!”
押し付けられた腰に体制を崩された私の体は、エマの思いのままにベッドへと倒れ込み、まるで引力に引き寄せられるようにエマの体も追従する。
「いよいよ明日ねっ。ワクワクしちゃうわ」
「なんのことだ?」
「もう。誤魔化しちゃ駄目」
エマは明日訪問するユーリ達の運送会社で、私が重大な作戦を決行する事を既に読み取っていた。
激しいキッスの応酬。
人間は死を予感すると、自分の種を残そうとして性衝動が強くなる。
屹度いまのエマと私の様に……しかし、この行為において種を残すことは叶わない。
次の日の朝、昨日と同じ時間に目覚めた私は、まだ寝ているエマのおでこにキッスをして部屋を出て中庭でストレッチを始めた。
昨夜のユーリの様子から、彼は何かに気が付いているに違いない。
そしてそれは、おそらく私の事。
昨日と同じ時間なのに、今朝は新聞配達のミハエルも牛乳配達のイヴァンも居ない。
こっちが同じ時間に出るからって、向こうも同じ時間出るとは限らないが、きっと何かある気がした。
走り出して直ぐ、運送屋の前を通るとストレッチをしているユーリがいた。
「おはようございます」
「おはようナトーさん」
ユーリもランニングウェアーを着ている。
いつもは作業用の長ズボンを履いているので分からなかったが、大きく広い骨格に比べると意外に脚が細いが、ただ細いだけではなく長距離を走るために鍛えられた脚と言うのは素人の私でも直ぐ分かる。
「一緒に走ってもいいですか?」
「構いませんが、ペースは合わせられません」
「いいですよ。その方が気楽でいい」
話しながらも入念にストレッチを続けるユーリ。
「さあ、それでは行きましょうか」
「いつもは、どの様なコースを?」
ユーリに聞くと、彼はタイムが出やすい良いコースがあると教えてくれた。
特にタイムは計った事も無いし、計る気も無い。
ただ目いっぱい走るだけだが、今日はそのコースを走る事にした。
「じゃあ走りましょう!」
「はい!」
私たちが走り出した途端、後ろから小さな物音が聞こえた。
他に人が居たのは、気配で分かっていたが、その隠れていた人物が我々の出発と共に動いたのだ。




