弱い者いじめ①
次の日はトーニとカールと3人で、キエフ郊外をパトロール中にチョットした、そして大きな騒動に巻き込まれた。
「隊長、教会の周りに人だかりが出来ていますが、どうします?」
運転していたカールがスピードを緩めて、私に指示を仰ぐ。
人だかりの外側には2台のパトカーが停まっているが、警官は物見遊山というふうにタバコを咥えて見ているだけ。
人だかりの中心には数人の戦闘服を着た男たちと、何か旗らしきものも見える。
「止まれ」
パトカーの近くに、乗っていたハンヴィーを止めて、車を降りる。
人だかりの中から、怒号と女性らしき悲鳴も聞こえた。
悲鳴の声はロシア語。
“ロシア人なのか?”
「何か事件か?」
警官に聞くと、ただの喧嘩だと言っていたが、何か様子がおかしい。
群がる人の波をかき分けて教会の前まで辿り着くと、そこには数人の戦闘服を着た男たちが教会の椅子やデーブルを外に持ち出して叩き壊しているところだった。
「おい、やめろ!一体何のつもりだ!」
戦闘服の男たちの右腕には黄色い腕章が巻かれ、その中には黒い文字で横に寝かせたZの文字の中心に1本線を入れたヴォルフスアンゲルのマーク。
トーニが垂れ下がった旗を捲ると、そこにはウクライナの国旗が黒い十字架で分断され、十字架の中心にはハーケンクロイツ(鉤十字)が描かれていた。
“ネオナチ”
スヴォボーダと呼ばれる極右民兵組織だ。
彼らは私たちに気が着くと「英雄のお出ましだ!」とか「救世主!」だとか称えて喜んでいたが、お前たちに喜んでもらう筋合いは無い。
「一体何をしている!?」
「そう怒るなって、ここはいまだにロシア正教会に属する、言わばスパイの館だ。だが証拠がない限り警察は手を出せないから、こうして俺たちが踏み込んでやったのさ。こいつらの行動を放置していると、また新ロシア派や分離独立派のクソ野郎共が暴れやすくなるだろう?まあ言わば俺たちは、アンタたち突撃隊のサポーター的な仕事を担おうって訳だ」
スパイ?突撃隊?サポーター?
何の根拠があって、誰に認められたわけでもなく、彼らの言っている事は自己中心的な思想の下に成り立っているにすぎない。
「この神父と、その妻や教会に来る人たちがスパイだと言う証拠はあるのか?」
直ぐ目の前にある地面に崩れるように横たわる人々を見ながら聞いた。
どの人も既に服が土で汚れ、中には殴られて血が見える人も居る。
「こいつらはズル賢いから、証拠なんて残さねえ。だから家探しをしているってわけ」
答えた男が笑いながら後ろを振り返ると、後ろに居た仲間たちから歓声が起こる。
「それでも証拠が見つからない場合は?」
「痛めつけて、自白させるまでだ」
「君たちに、それを行使する権利はあるのか?」
「……は~ぁ!??」
今まで上機嫌で私と向き合っていた男が、急に不機嫌な表情を見せて、顔を斜めにして挑発をするように私の顔を覗き込む。
「言葉が分からないのか?ならもう1度分かりやすく言い直そう。君たちにそう言う行いをして良いと誰が許した?」
「許す?外人のくせに!これはウクライナ人として国を守るための権利だ。お前らこそ、勝手にウクライナ人に危害を加えやがって誰の許可を得たって言うんだ!?」
「ふざけんじゃねえぞ!俺達はてめーらの国が危ねえから、こうしてワザワザ助けに来てやってんだぞ!」
「誰もそんなこたあ望んじゃいねえ!現政権が腰抜けで貴様らに俺たちの税金が食い荒らされているんだ。こっちにしちゃあ、いい迷惑なんだよ。俺たちの“全ウクライナ連合「自由」”が政権を取っていれば、お前らのような“犬”など出る幕もなく鎮圧できただろう」
「ああ、その通りだ。オメーらの言う通りなら、この一帯は瓦礫の山で戦車と爆音でさぞや賑やかな事だろうぜ!」
「なんだとぉ!?ふざけんじゃねえ!」
「てめーらこそ、ふざけんなよ!弱いモノ虐めが得意なのは、その旗印の思想と一緒だな」
「トーニ、止めろ!」
トーニの言葉で、一触即発になってしまったので2人の間に入って止めた。
そして周囲の人たちに分からない様に、ドイツ語で伝えた。
「Beruhigen! Unsere Feinde sind nicht die Armen oder Schwachen, die solche Waffen nicht haben. Die Schwachen zu ärgern ist jetzt eine große Sünde. Ich will deine Karriere nicht gegen diese dummen Typen brechen. Du auch, oder?(落ち着け。我々の相手は、こんな武器も持たない哀れでか弱い奴等じゃない。弱い者虐めは今では立派な罪にもなる。こんなゴミみたいな奴等を相手に、君のキャリアを壊したくはない。君だってそうだろう?)」
「そ、そりゃあ、まあそうだけど……」
私に注意され、トーニは収まったが、奴等は違った。
「てめー!俺達を馬鹿にしてんのか!?分からない様にドイツ語を使ったつもりだろうが、俺達はネオナチだ。ドイツ語は分るぜ。それに何が弱い者虐めなんだ?俺たちは14人だし、お前たちと同じように、こうして武器だって持っている」
話していたリーダーの男が隠し持っていたルガーP-08を向けると、彼らも隠し持っていた拳銃や散弾銃を、一斉に私たちに向けた。
「やめろ。どうせ玩具なんだろう?」
パーン!
私と対峙していたリーダーの男が威嚇のために空に向けて銃を撃つと、周囲に居た野次馬たちの中から悲鳴が聞こえ、人々が逃げ出した。
「本物なのか?でも、何のために武器を持っている?」
「こいつらが抵抗したら撃つために決まっているだろうが!」
「殺す気だったのか?」
「ああ、抵抗したらな」
「では、私からも警告しておこう。殺されたくなければ、今すぐ銃を置いてこの場から逃げ去れ」




