お医者さんごっこ③
「――そう。ユリアは入隊を願い出ていたんだ……」
ベッドの上でエマから話を聞いた。
「驚かないの?」
「うん。なんとなく、そんな気がしていた……で、結果は?」
「却下」
「ハンスなら、そう言うだろうね。エマは?」
「私は受け入れる気満々だったわ。だって、今回の作戦が上手く行ったのもユリアのおかげでしょ」
「そうだな」
「ナトちゃんが司令官だったら、受け入れたでしょう?」
「……」
ユリアは能力も勘もいいし、決断力も行動力もあり、精神力も強い。
たしかに今日の作戦の功労者でもあり、ドローンの操縦技術も素晴らしい。
何よりも今日の収穫は、分隊行動におけるドローンによる索敵の有効性を証明してみせた点。
ユリアと一緒に仕事ができたら、どんなにか楽しいだろう。
しかし私達の仕事はオフィスで行われるモノではなく、常に死と隣り合わせ。
しかも今回の相手は只のリトル・グリーンメンではない。
人数合わせのために一般の志願兵も混じっているが、その中核をなすのはスペツナズの様な特殊部隊。
勿論、ロシア政府はスペツナズの関与を否定しているが……。
いくらユリアが優秀であろうとも、格闘戦の能力は特殊部隊には敵わないし、私たちの様にどんな状況下においても適切な判断能力を失わない過酷な訓練も受けていない。
今日の様な半日でケリが着く任務なら問題はないが、長期戦になった場合の体力差は計り知れないだろう。
弱すぎる相手は、捕虜にされ易い。
それがウクライナ軍の優秀なパイロットなら尚更。
「どっちなの?」
私の返事が遅いので、エマが催促をした。
「以前から、ユリアとは一緒に仕事をしてみたいと思っていたが、今は状況が悪すぎる。格闘技や体力面の能力が劣るユリアを前線に出せば、我々のアキレス腱になりかねない。だからハンスが却下した事に私も同意する」
「あらっ、じゃあ私の判断は間違っていたの?」
「いや、エマの判断もわかる。今回の作戦成功の立役者は確実にユリアが操るドローンであることは間違いない。もしユリアが居なければ、もっと多くの敵を殺し、納屋で虜になっていたサバイバルゲームプレイヤーたちも全員無事に救出することは叶わなかっただろう」
「どんな作戦にも、リスクは付き物よ」
「分かっている。だけど、背負っていいリスクと、背負ってはならないリスクが・あ……あんっ♡」
裸のままの私の胸を、エマの指が這う。
「なっ、何をしている!?」
「例えばね、この山の頂上に、敵の砲撃観測所の拠点があったとするでしょ。丁度この凹んでいるところがトーチカね」
「勝手に人の胸を立体地図に例えるな!」
「でも、こちらから山に登る部隊には、反対側の斜面の状況は分からないの。勿論、この頂に掘られて居るトーチカの状態も」
エマは私の言葉を無視して、胸の頂上付近に指を這わせたまま説明を続ける。
「何も分からない状態でこの頂きを登ったとしたら、このトーチカの外周に張り巡らされた警戒地帯の罠にハマり、裏側から回り込んできた敵の餌食になる。そして何よりも、このトーチカそのものの状況が分からなければ、どうなると思う?」
「そっ……それは……あんっ♡」
エマが頂きの頂上を探る。
「そう……この様に、このトーチカは日頃は敵に見つからないように埋もれて居るけれど、一旦敵と対峙した場合はこの様にムクムクと外壁を立たせて……この様に飛び出してしまう。高くなったトーチカは地上からの攻撃には強いけれど、空からの攻撃にはどうかしら?」
エマの顔が私の胸の先端に、ゆっくりと近づいてくる。
もうそれだけで気が遠くなりそう。
「馬鹿っ、もう駄目!」
私はエマの攻撃に耐えられずに、エマに抱きついて防御したけれど、逆にしがみつくことで不用意にエマの体に触れてしまったトーチカに電流が走ってしまい、思わぬ不覚を取ってしまい一瞬にして降参してしまう。
「どう?歩兵とドローンの一体攻撃は」
耳元でささやくエマの声に、まだ体中を襲う電流から逃れられない私は、只ハアハアと荒い息を立てることしか出来ずにいた。
「ねえ、どうだった?」
「ナカナカ良い作戦だった。しかしドローンがヤラれてしまったら、その操縦士は部隊にとってお荷物に成りかねないし、操縦士が先にヤラれてしまうとドローン自体も本来の力を発揮できなくなるだろう?だから常にドローンの操縦士は安全な場所にいる必要がある」
「アメリカ軍のRQ-1/MQ-1 プレデターと同じ様な運用ね」
「そう。例えばこの司令部や、移動する車の中から最前線のドローンを操縦し、部隊に情報を送る」
「でも、距離が離れていると、ドローンの電池が持たないわよ」
「ドローンをなにも基地から飛ばす必要はない。前線の部隊が持っていけばいいだろう?」
「なるほど、考えたわね。でもセキュリティーはどうするの?乗っ取られたら逆効果になるわよ」
「そこの所を、詰めるまでユリアは雇えない」
「つまり、そこを詰めることができれば、ハンスも屹度承諾すると言う訳ね!」
「おそらく、そうだろう」
「さすがね」
「いや……」
エマの目が怪しげに光ったので話を逸らそうとしたが、間に合わなかった。
ところでナトちゃんのトーチカが、普段は見えないように隠れていることは、勿論彼は知っているんでしょう?」
「私に彼氏など居ない」
「とぼけちゃっても無理よ、第一こっちには空いた2つの妊娠検査薬のキットが隠せぬ証拠よ!」
「だから、それは使い方が分からないからと、言っただろう!」
「そんなに知恵の働くナトちゃんが、外箱に書いてある説明書を読んでわからないわけ無いでしょう。これ以上しらばっくれると、本気でトーチカを吸い出すよ!」
「分かった!話すから、話すから、やめてぇ~あ~ん♡」




