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フルメタル  作者: 湖灯
ウクライナに忍び寄る黒い影

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お医者さんごっこ②

 カール“先生”に診てもらって、問題無い事が分かると一気に皆のテンションが上がり、おおいに盛り上がった酒宴も終わった。

 サロンを出て部屋に戻る時には、もう指令室の灯りは消えていた。

 司令部棟の前に停めてあったユリアのジムニーもない。

 “帰る前に、サロンに寄ってくれれば良かったのに”

 いつものユリアなら、屹度そうするはず。

 なのに何故……。

 詮索しても仕方がない。

 気になるが、今は自分自身のことも大事。

 部屋に戻るとき、エマの部屋の前で立ち止まったが、灯りが消えていたのでそのまま自分の部屋に戻り服を脱ぐ。

 机の引き出しからサオリにもらった検診用具を幾つか取り出し、まず体温計を脇に挟み、パルスオキシメーターを指に挿し血中酸素濃度を測定する。

 OEL(有機EL)に写し出された表示は、99%。

 体温は36度2分。

 いたって正常。

 次に血圧計を腕に巻き、血圧と脈拍数を測るが、いつもと何ら変わりがない。

 最後に聴診器を取り出す。

 カールがサロンに聴診器を持って来たのは、今日の作戦の最中に倒れた私のことをズッと心配してくれていたからに違いない。

 コミュニティセンターで最初に倒れたあと、トーニと共謀してメディカルチェックと称して私の弱い所をくすぐったのも、おそらく私を試したに違いない。

 あのとき、再度私が失神することがあれば彼はハンスに連絡して応援を要請するか、もしくは作戦を一旦中止するかの判断を仰ぐつもりだったのだろう。

 元アサシンで金庫破りのくせに、優しいやつ。そして多少の医学の知識も持っているようだ。

 聴診器を胸に当てて、気管支音・気管支肺胞音・肺胞音を聞くが、なんの問題もない。

 最後は、心音。

 胸を斜め外側に持ち上げて聴診器を当てる。

 日頃から激しい運動を続けているせいで、私の心拍数は普通の人に比べて、かなり遅い。

 雑音も無ければ不整脈もなく、ドクン、ドクンと、ゆっくり力強く規則的に鳴り続ける心臓の鼓動。

 この鼓動が私の生きてきた時間を表す時計。

 生まれて直ぐに事件に巻き込まれて分かれたままになっているから、本当のパパとママ、そして兄か姉のどちらかが居た事は確かだと思う。

 でも暗闇から目を開いた時には、たしかに優しいパパとママが居た。

 悔しいのは、その一切が生まれたばかりの私の脳に記憶されていないということ。

 記憶されているパパとママは、瓦礫の中に埋まっていた赤ん坊の私を救ってくれた義父母のヤザとハイファ。

 おさなすぎて全てを明確に記憶しているわけではないが、とても穏やかで明るい家庭だった。その中でもナカナカ眠ることの出来ない私に、ハイファが夜な夜な聞かせてくれる色々な物語はその内容や口調まで、今でもハッキリと覚えている。

「あら、ナトちゃん。ごめんなさい」

 いつの間にかエマが戻って、私の部屋のドアを開けていた。

「ああ、エマおかえりなさい。入っていいよ。いま片付けるから」

「いいの?」

「いいよ。なんで?」

「だってSelf中だったんでしょ?」

「Self……まあそうだけど」

「あら、正直に言うのね。いつ頃から覚えたの?」

「赤十字難民キャンプでサオリと出会ったあとからだから、13歳くらいだったかな」

「あら、遅いのね」

「えっ!?エマはもっと早くからやっているの?」

「んー、小学生の時、結構ハマったかも」

 まだドアに寄りかかったままのエマが照れながら笑う。

「小学校の時って早いよね。じゃあ、それからズッと続けているの?」

「まさか。Lycée(リセ=日本の高校に値する)に入ってSEXを覚えてからは、殆ど卒業したわ」

 SEXを覚えた後のほうが体調の管理は重要なのではと思い、何か話のズレを感じた。

「オモチャは、やっぱり通販?それとも店舗で買ったの?」

「……玩具じゃない。本物の医療器具だよ」

「医療器具!?最近は、そういう物を使うのが流行りなの?それともナトちゃんが只単にアブノーマルなだけなの??」

 ドアに寄りかかっていたエマが、好奇心丸出しと言った顔で、覗きに来る。

 でも机の上にあるものは、エマの考えているような物ではない。

「あら、血圧計に体温計、パルスオキシメーターに聴診器。いったい何していたの??」

「Self examination(自己診断)よ。エマは、私が何をしていたと思っていたの?」

「Self-pleasure(自己快楽)……。だってこんな夜更けに素っ裸で、おっぱい持ち上げて居るんだもの誰だってそう思うでしょ!?」

「普通は思わないだろう!?」

「いや、普通思うって!」

「あら、この引き出しにあるものが、サオリさんからもらった医療器具なの?」

 エマが言い会いを避けて、私の引き出しに注意を示す。

「ああ、買い足したものもあるけどね」

「この、曲がったハサミは?」

「クーパー。組織の切離や剥離、縫合糸や結紮糸を切るときに使う」

「この、柄の所に変な留め具の付いているハサミは?」

「それはサテンスキーと言って、ハサミではなく鉗子かんしで、物を挟む道具だ」

「この、フック船長の手についている様な形のものは?」

「スケーラーと言って、歯垢を取り除くための物だよ。歯科医院でよく使うだろ」

「あー歯科医院には定期的に行くけれど、私、怖くていつも目を瞑っているから」

「以外に怖がりなんだな」

「そうよ。知っているでしょ」

「そうだった?」

「あら、コレなら知っているよ!」

 エマが得意そうに2つの物を見つけて手にとった。

 ひとつは、排卵日チェッカーと呼ばれる、排卵日検査薬。

 もうひとつは、妊娠検査薬。

 マズイものが、見付かってしまった。

「やっぱりナトちゃんも、女の子だよねー」

「そ、そうね。有難う」

 そう言って、エマが持った2つの検査薬キットをむしり取って引き出しに仕舞う。

「ところで、排卵日チェッカーの箱は新品でまだ開けられていないのに、どうして妊娠検査薬キットは4回用の箱に2個しか残っていないの?」

 さすが、DGSE(対外治安総局=フランスの海外諜報部)のエリートだけのことはある。

 ここで、使い方がわからなくて試しに使ってみたと言う嘘は通用しない。

 なぜなら、もうひとつの排卵日チェッカーの箱が新品未開封だから。

「ねえ、どうして?」

 案の定、エマが体を擦り寄せてくる。

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