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フルメタル  作者: 湖灯
ウクライナに忍び寄る黒い影

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勝利のトリック②

 基地に到着すると、留守中の隊員たちから歓喜の声で出迎えられた。

 その中で、モンタナとフランソワの顔が少しだけ赤いのが気になる。

 装備を片付けて、メンバーにシャワーを浴びて着替えておくように伝え、直ぐに報告の為に司令部に向かう。

 司令部のある廊下を早歩きで歩いていると、エマに「大活躍だったみたいね」と褒められたあと「服は着替えなくていいの?」と言われた。

 いま私が来ている服はトーニに借りた服のまま。

 屹度、ハンスも気が付く。

 ほんの少し躊躇ためらったが、今は一刻も早くハンスに会いたくて、そのまま司令部のハンスのオフィスのドアをノックした。

「ナトー中尉、作戦終了の報告に参りました」

「入れ」

 まるで待っていたかのように、直ぐにハンスの声がしてドアを開けて部屋に飛び込んだ。

 ハンスは直ぐに私の服に気付いたが、それには触れずに状況報告を促し、私が直ぐに報告を始めると自分の目の前にあるパソコンのキーボードをタイプし始めた。

「――以上です」

 報告が終わるとハンスが私の知らない情報を付け加えて教えてくれた。

「今日、お前が死闘の末に捕えた男はセルゲイ・ウシャコフの腹心の部下、チョーマ・グラコフ少佐に間違いないことが分かった。奴はユリアのMi-24撃墜に関与しているほか、ウクライナ陸軍内部の裏切り工作にも関与している。それと、今回巻き添えを食らった多くのサバゲープレイヤー達を救った事で、ウクライナ国防省、内務省それからチェルノワ大統領からも感謝の連絡を貰ったぞ」

「はあ……」

 ハンスの言葉が嬉しくないわけではなかったが、私が欲しかった言葉では無かったので、気のない返事になってしまった。

「どうした、何か不満でもあるのか?」

「いえ、そんな事は……」

 タイプの終わったハンスが、顔を上げた。

「本当に良くやってくれた。少しでも間違えば多くの罪もない人々が犠牲になるはずだったのに、グラコフの罠を見抜き良く対処した。ありがとうナトー。やはり君は最高だ」

 ハンスの言葉に、胸が詰まるほど心が温かくなり「ハイッ!」と返事を返した。

 私は欲しかったものの一つをいま手に入れたのだ。

「後で報告書を回します」

「それは、もういい」

「もういい?」

 聞き返すと同時にプリンターから排出された紙きれをハンスが手に取ると、私の前に置いた。

 紙には私が今報告した内容が、細かく書かれていた。

「ここにサインにしろ。今日は疲れただろうから、隊員たちとゆっくり休め」

「ありがとうございます……」

 そう言って部屋を出て行くはずの私が、目の前に立ったままなのを不審に思ったハンスが「どうした?」と聞く。

 鈍い人。

 だから私は正直に「お願いがあります」と返事を返す。

「なんだ……?」

「隊長から……そ、その……ご褒美を貰えませんか?」

 いざ言うとなると恥ずかしくて、下を向いてしまった。

「バカヤロー!任務だろうが!」なんて怒られるかも知れなくて、内心ビクビクして下を向いたまま上目遣いにハンスの様子を伺う。

 ハンスはまるで“困ったヤツだ”とでも言う様に席を立つと、窓際に行きブラインドカーテンを閉じる。

 “ヤッター!”

 言葉の意味が通じた事に喜んだのも束の間、今度はカツカツと音を立てて近付いて来る足音にドキドキしてしまう。

「どうした、その甘え方は、まるでティーンエージャーじゃないか」

「そうよ……だって、つい最近になって生まれてはじめて学校に行ったばかりだもの」

「だからと言っても、ここは学校でもないし、今はまだ勤務中だ。学校にしたって授業中に……」

 私の要求を知っているからブラインドカーテンを閉じたくせに、いざとなって変な理屈をこねて止めさせようとするハンスの言葉を口で塞いだ。

「いいのか?」

「Comme le commandant aime……(司令官の好きなように)」

「馬鹿」


 ハンスに特別なご褒美を貰い、着衣を整えて指令室を出た。

 結局ハンスはキッスしかしてくれなかったけれど、それで充分心は満たされた。

 まだニルスもマーベリックも返ってきていない。

 エマもさっきどこかに行ったきり。

 直ぐにシャワーを浴びて、部屋で服を着替えた。

 トーニに借りた服は、洗って返そう。

 着替え終わり外に出ると、同じように着替えを済ませたメンバーが集合してトーニの号令で1列に整列した。

「今日は皆、良くやってくれた。ハンス司令に報告したところ、今日の成果についてとても喜んでもらえた。ウクライナ政府からも国防省、内務省、そしてチェルノワ大統領からも感謝の言葉を頂いたそうだ」

 集まった皆が「オーッ!」と小さく呟き、同じように小さなガッツポーズを見せて喜んだ。

「だがしかし、これで満足したり調子に乗ったりしてはいけない。私が一番大切に思うのは君たちメンバーの命。全員が元気でなければ最高の働きは出来ないし、人を救うことも叶わない。各自常に自分自身は勿論の事、仲間の命も気に掛けながら今後も作戦実行のため励んでほしい。以上」

「小隊長に敬礼!」

 トーニの号令で、皆が一斉に敬礼をする。

 その号令と動作は、どんな式典に出しても決して恥ずかしくないもの。

 訓練したわけではない。

 この様な基本動作がキチンとできるのは、自信の表れなのだ。

 数々の成功体験が人々を良い方向に導く。

 私たち上官と呼ばれる人間たちは、些細な事でもいいから部下に成功体験を積ませる事を常に肝に銘じておかなければならないのだと、あらためて今思った。

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