そこに居たのはレイラ・ハムダン
車の止まっていた道路を渡り、ホテル前の公園に入った。
ジョギングをする人や、犬の散歩をする人、ベンチに腰掛けて本を読んだり友達とお喋りをしている人たち。
その中に、見覚えのある後ろ姿を見つけた。
レイラだ。
彼女はベンチに腰掛けて、ノートパソコンを見ながら携帯で誰かと話をしているようだった。
丁度、通話が途切れたので、声を掛けてみた。
「レイラ!こんな所で何しているの?」
「あら!? アマル。どうしたの? エマは?」
レイラは見ていたノートパソコンを閉じて、逆に聞いて来た。
「今日はエマとは別行動だよ」
俺が明るく答えると、レイラの視線が白いカンドゥーラで覆われたブラームにクギ付けになっている。
無理もない。
カンドゥーラ自体リビアではあまり目にしないのに、ブラームの姿と言えば覆面のように顔を隠してその上からゴーグルのようなサングラスを掛けていて、手と足には白い手袋と白い靴下で全く誰なのかも分からないのだから。
「誰!?」
「あー、この人はチョットした知り合いなの。訳があって今は素性を明かせられないけれど、悪い人ではないよ。それより何してんの?」
レイラはカンドゥーラの男を気にしながらも(これほどまでに全身を隠している男を、気にしない方が不自然なのだが)無理に平静を装うように仕事だと言った。
「仕事? こんな公園で?」
「ううん、違うの。本当はホテルのセキュリティーシステムに不具合が起きているみたいで、その対応をするために向かっていたのだけど他にも不具合が見つかって、いま他のスタッフとその対応について話し合っていた所なの」
そう言えばレイラの仕事はIT関係だと言っていた。
そしてニルスからは、監視カメラの映像が何者かによってハッキングされている事も。
ふたつを組み合わせれば、レイラの言っていることは正しいが、他にも不具合が発生したと言うのは何なのだろう?
まあ、コンピューターの事は左程詳しくないので俺には分からないけど「大変だね」とだけ言っておいた。
「アマル、これからどこへ行くの?」
「このホテルだけど」
「だったら一緒に行きましょ。サーバールームを見る前に、私はチョッと屋上にある通信アンテナを見なくちゃならないから直ぐに別々になると思うけれど」
「あら、俺たちも一緒だよ」
「えっ!?」
「こう見えてもこの白いカンドゥーラの人はお金持ちで、迎えの車が正面玄関に来てくれまで最上階のスウィートルームで、のんびり過ごすんだ」
「アマルも一緒に行くの?」
「そうさ。だからこうして一緒にいるのさ」
「だったら途中まで一緒だね。残念ながらアンテナが有るのは本館側の屋上だから、スウィートルームある新館とは途中で別れるけれど」
そう言うとレイラは、これからホテルに入る事を会社に連絡すると言って、携帯を持って少し離れた。
そして俺たちはホテルの正面入り口から堂々と入って行った。
正面玄関の近くにも敵らしき怪しい男たちが数人いたが、表立つことを恐れているのか銃も抜かなければ近づいても来なくて、遠巻きに監視しているだけだった。
イヤフォンは外したけれど、ニルスの携帯にはつないだままにしておいたので、フロントに行くとチャンと部屋の鍵が用意されていた。
鍵を受け取り、エレベーターの方に向かうと、上の階から怪しそうな男たちが数人降りて来て、それと入れ替わりに俺たちはエレベーターに乗った。
エレベーターの表示が19階を示す。
その上の20階が最上階にある特別スウィートルーム。
「アマル、もうお別れね」
レイラが、その表示を見て俺に言う。
「いや、そうでもない」
20階が着てドアが開くと、そこに居たのはエマ。
「バラク。裏切ったのね!」
レイラがカンドゥーラを纏ったブラームを見て言った。
「すまんな。俺はバラクじゃない」
いつの間にか拳銃を抜いてレイラに着きつけていたブラームがカンドゥーラを脱いで言った。
「これはバラクの名誉のために言っておくが、俺たちは副司令官が誰なのかバラクには聞いていないし、おそらくバラクだって聞かれても応えなかっただろう」
レイラは鬼ような形相で、俺の顔を睨み付けて「じゃあ何故分かった!?」と聞いて来た。
「一緒に街に出たときにレイラが見せてくれた瓦礫になった建物を見たときから気になっていた。何故遊びの最中にあんな所へ立ち寄ったのだろうと、そしてあの建物が持っていた傷ついてもまだ復讐の炎を消し去れないでいる雰囲気と、俺が言った言葉に笑ったふりをした君の態度」
「笑ったふりをした……?」
「俺が“建物がまだ生きているみたいだ”と言ったときに、君は笑ったふりをして誤魔化したつもりだろうが、俺には分かった。 君が泣いていたのが」
「泣いていた――」
「そう。さしずめ、あの建物は君の大切な思い出が詰まったもの。だから俺に見せた。そして俺が何気なく言った“生きている”と言う言葉に、つい昔を思い出してしまったのさ。違うかい?」
「……」
レイラは黙って唇を噛んだ。
「レイラの寄こしてくれたボディーガードは、私たちには合わなかったみたいなので、寝てもらったよ」
エマが言うと、その横からニルスも顔を出して「じゃあナトちゃん、僕は持ち場に戻るね」
そう言って俺の肩をポンと叩いて、エレベーターで降りて行った。
「騙したのね!」
「最初に騙したのはそっちだろ。友達になりたいと言って俺たちに近付いて、仲間に帰り道を襲わせたり、部屋に盗聴器を仕掛けさせて監視したり」
「じゃあ、やっぱり港の倉庫を爆破したのもアマル、あなたたちの仕業ね」
「さあ、それはどうだか。だって俺たちを見張っていたのだから、答えは君の部下たちが報告してくれているはずだ」
「チョッと失礼」
ブラームが悔しがるレイラの手を腰の後ろで縛った。




