我々は罠に掛かった②
堕ちたドローンから手りゅう弾を取り外すとそれは本物ではなく、さっき屋上で狙撃兵の格好をした青年が持っていたドラグノフ狙撃銃同様に玩具だった。
そしてトーニからの情報をもとに見つけ出したドローンの操縦者は、部屋の窓からただドローンを飛ばしているだけの分離独立や新ロシア過激派とは縁も所縁もない普通の青年だった。
「ドローンの飛行は現在政府から禁止されているはずだ。なのに何故飛ばしていた?」
「すみません。この一帯でドローンとサバイバルゲームの主催者が許可を取っているとホームページに書いてあったので、つい……」
「そのホームページと言うのは?もし差し障りがなければ見せてもらえるか?」
「いいですよ。ついさっきまで見ていましたから」
青年は自室のパソコンを開いていせてくれた。
「あれ!?」
「どうした?」
「ページが消えています。確かにさっきまではあったのに……嘘じゃないです」
モニターに表示されているのはサバイバルゲームのホームページではなく、青い画面に“Такой страницы не существует (ページが存在しません)”とロシア語で書かれた文字だけがあった。
「参加人数と、お互いの陣地は分るか?」
「はい。参加人数は敵味方40人ずつの合計80人。それに運営の人が20人居ますから100人になります。お互いの陣地はこちら側がコミュニティー センターの屋上で、向こう側がこの先にある空港になります」
「我々は、そのコミュニティー センター屋上から来たが、陣地の守備隊は居なかったが?」
「はい。戦闘開始から30分間は自陣にも入れないルールになっています」
「今、戦闘開始から何分経った!?」
急に慌てた私の言葉に青年も慌てて腕時計を見て「丁度20分」だと言った。
「いいか君、連絡があるまで家から一歩も出るな!それからもし参加者の中に連絡が取れる者がいたなら、今すぐ戦闘服を脱いでモデルガンをケースに仕舞えと伝えてくれ」
「あ、ハイ。……でも、なんでですか?」
「君たちは今、テロに巻き込まれている。おそらく運営側と言う20人はサバイバルゲームの主催者ではなく、テロリストだ!」
部屋を出て、直ぐに散らばっている仲間たちにセンターの屋上に一旦引き上げるように連絡した。
あと10分もすれば戦闘服にモデルガンを持った一般人に交じった“本物”が攻め込んでくる。
屋上から一旦逃げる手もあるが、そうすれは再び屋上を取り返すのは難しい。
何しろ殆どの者たちはゲームのつもりで屋上を守っていて、軍人と一般の参加者は勿論、モデルガンと本物の区別もつかない。
“何故彼らリトル・グリーンメンは、一般人に武器ではなくモデルガンを持たせるのだろう?
おそらく揶揄っているのではなく、私たちを惑わそうとしているのだろう。
惑わせて、陥れる。
罪もないサバイバルゲームやドローンの愛好者に危害を加える私たちの様子を撮影してメディアにバラ撒けば、愛好家達から反発を受けるのは必至。
状況は状況だが、彼らにしてみればただ遊んでいるだけで機材を壊されるだけではなく、我々自衛隊のせいで最悪命さえも奪われるのだから国民の感情を揺さぶるには都合が良いだろう。
外国の名立たる特殊部隊員達が、ウクライナ国内でウクライナの国民を相手に好き勝手に実践訓練を行っていて、国もそのことを承認していると。
国を転覆させる程のテロが起きている状況で、我々の行動に不快感を受ける事は、普通なら有り得ない。
しかし、今我々の取っている行動は、普通ではない。
武器を持っている相手に対して、なるべく武器を使用せずクリーンに戦う。
上手くいけば、当然あの悍ましい銃声や爆発音が響く事も無く、通りに死体が晒されている事も無い。
勿論、いつ頭上からミサイルや爆弾が落ちて来るのかと言った恐怖心も無く、実際に戦争規模のテロが行われていると言うのに市民はその事に気付くことなく平穏に暮らしている。
このことは全てが上手くいっているからこそなのだが、裏を返せば“この平和な街に、何故外国の特殊部隊が銃を持ってうろついているのだ?”と不快に思っている人たちも少なからず居ることは確かだろう。
ウクライナ政府は、そう思わせ無いように緊急事態宣言を出して我々の活動を支援してくれていて、マスコミ各社も今のところは我々に協力的な姿勢を見せてくれている。
ただ、マスコミにとっては“つまらない”状況だろう。
作戦当初こそ国がテロの危険に晒されている事実と、国軍が他国の介入やテロリスト達の移動を防ぐために国境や主要道路などで検問を強化している点や、各国の名立たる特殊部隊がこのウクライナの危機を助けるために協力してくれている。と言う事実が頻繁に報道されていた。
この様な状況にもかかわらず、各都市はいたって平和そのもの。
平和は大切な事だけど、緊急事態宣言の発令により人々の行動には、ある程度の制限が掛けられている。
早い話が、自由が制限されていると言う事。
一見何事もない穏やかに見える世の中で、自由を制限されるのはフラストレーションがたまる。
いい意味でも悪い意味でも、彼らは刺激を求めているのだ。
殆ど死者の出ないテロ。
しかもテロは悉く未然に防がれていて、テロそのものが大きく報道されることはない。
そこに我々自衛隊と名乗る外国の特殊部隊による一般市民の虐殺行為が起きたとなれば、この刺激的内容にメディア各社は一斉に報道するだろう。
テレビなら視聴率、新聞なら部数、SNSなら視聴数を稼げる格好の事件だ。
話題は瞬く間にウクライナ国内を賑わせ、自衛隊の行為に対して国内は勿論、海外からも懐疑的な意見が多く出されるだろう。
そうなれば、我々自衛隊の信用は失墜し、行動に制限を受けることになりかねない。
いやもしかすると、テロ側は分離独立と言う矛先を一旦変えて、外国の武力勢力に対するテロを掲げて国民の信頼を得てしまうかも知れない。
もしその様な事態になれば、もう現在のウクライナ政府を救う手立てはなくなり、先に分離独立を宣言したドネツク人民共和国やルガンスク人民共和国の様に分離独立を目指す自治体が現れるかも知れない。
そうなれば、奴等の思う壺だ。




