プロポーズ③
「衛生兵!衛生兵!!」
塹壕の中から、腕を押さえたトーニが叫ぶ。
周りには動かなくなったモンタナたちが倒れている。
低い姿勢で塹壕に走り込んで来たブラームが倒れているモンタナを見て一瞬驚いた。
「驚いている場合じゃねえ!お前が指揮を取れ!」
トーニがブラームの頬を打って気合を入れる。
「っで、隊長たちは!?」
「分からん。司令部は重迫撃砲によって破壊され、どれがハンス隊長だか」
「アホ!隊長は死なねえ!」
「ああ」
「俺が見て来る」
「頼む!とにかくここを守るには応援が必要だ」
塹壕から飛び出そうとするトーニの腕を咄嗟に掴もうとするが、重なり合った手が透けて空振りになる。
“実体が無いのか!?”
なのにトーニは私に向かって笑いかける。
「ナトー。俺はオメーに言われた通り、最後までベストを尽くすぜ!」
“待て!”
止めようと声を上げて叫んだが、声は届かず、暗い闇の中にトーニは消えてしまった。
“ブラーム、ここは何所だ!?そして今はいつだ!?”
モンタナの軽機関銃を撃ち始めたブラームに飛びついて聞くが、撃つ事に夢中で何も答えてはくれない。
塹壕の向こう側からレーシ中佐が数人の部下を連れてやって来る。
“レーシ中佐!”
しかし彼もまた、私の問いかけには応えてくれない。
「ブラーム、ここはもう無理だ!撤退する」
「しかし仲間が」
倒れている仲間たちを見て戸惑うが、もう連れて帰る余裕はないと却下され、押し出されるように壕から出される。
「ま、待ってくれ。トーニが、トーニがここに戻ってくる」
応援を呼びに行ったトーニが居ない事に気付いたブラームが壕に残ると抵抗する。
レーシ中佐に応援を頼んだのなら「俺様が連れて来た」と偉そうに自慢するはずのトーニが居ないと言う事は、他の部隊を呼んで戻って来る可能性が高いと思ったから。
しかし違った。
「トーニは、もう戻らない!」
レーシ中佐の顔が歪んだ。
確かにトーニはレーシ中佐に応援を頼んだのだ。
ベストを尽くしきって……。
レーシ中佐たちに連れられてブラームが去って行った。
残っているのは、空挺隊の隊員たちの死体と、動かなくなったモンタナたち。
“フランソワ!カール!モンタナ!!”
叫んでも誰も返事をしない。
壕から飛び出して司令部に向かってフラフラと彷徨う様に歩いていると、数名の味方の兵士が私を追い越して行く。
中には逃げる途中で敵に撃たれ、その場に倒れる者もいた。
燃える司令部跡。
付近には小型飛行機の翼の破片があった。
カミカゼ・ドローンの攻撃。
“ハンス!エマ!ニルス!マーベリック!”
叫んでも誰も答えてはくれない。
こんなことになるのなら、プロポーズを素直に受ければ良かった。
でも、もう、やり直せない。
目を開けると穏やかに星たちが瞬いていた。
辺りは戦争とは無縁に感じるほど静か。
銃弾も砲弾も飛び交わず、飛んでいるのは直ぐに消えてなくなってしまう流星群だけ。
冷たい風が頬を撫でて行く。
目に溜まっていた涙も一緒に……。
ハンスにプロポーズされて、嬉しかった。
自分の様な人間が、人に好かれるとは思ってもいなかったし、人に好かれようとも思っていなかった。
ハンスから、初めて会った時から好きだったと言われた時に“私も”と言えたらどんなにか幸せだっただろう。
いや、もっと、ずっと早くこの心に気付いて打ち明けていれば良かったのかも知れない。
そして何も知らないうちに除隊していれば良かった。
ハンスは乗り越えられると言ってくれた。
戦争に出ていれば仕方の無い事だと言ってくれた。
でも、もう無理。
私は決定的な一言を言ってしまったから。
「まるでプロポーズみたいだな。今日は4月1日じゃないぞ」
照れ隠しにハンスに言った。
もちろん恥ずかしくて、目を合わす勇気などなかった。
もし今、目が合ってしまうと、私はその胸の中に飛び込んで嬉しさのあまり泣いてしまうだろう。
「揶揄ってなどいない。列記としたプロポーズだ」
「どうにかしているぞハンス。この大事な時に」
「それは分っている。お前が考えているように、俺自身もな。敵の主力はズット直ぐ近くにいる。だからハリコフで戦いの火ぶたが切って落とされて、ドネツク軍が軍事介入の動きを見せ先方の守備隊から応援の話があったときも、断固反対したのだろう?」
「すべては予想でしかない。現に米軍の無人偵察機でも人による赤外線反応は出ていない」
「しかし直ぐ近くにセルゲイ・ザハロフの率いる部隊が居ると、お前は睨んでいる。そしてハリコフもオデッサも俺たちを退かせるための陽動作戦。そう睨んでいるんだろう?」
「それはそうだが、それとプロポーズとの関係が良く分からんが」
「思いだけはチャンと伝えておきたいと思ってな」
「そんな弱気な事では勝てないぞ」
「バランスが大切なのは分かるが、激しい訓練で攻撃力は鍛えることは出来るが、防御力には限界がある。だから、戦の前に伝えておきたかった」
「なるほど、じゃあ私がOKしたら、ハンスは両親の前で紹介するんだ“この人が兄さんを殺した女で、僕はこの人と結婚するから祝って欲しい”と」
「そんな事は両親には言わない!」
「隠し通して良いことではない!私はハンスのお兄さんを射殺した張本人なんだぞ。もしハンスが許したとしても両親が許さないし、死んだお兄さんだって屹度許すはずがない。そしてその事に気付いたハンス自身も」
「戦場で起きた事だ!」
「乗り越えられるとでも?」
「ああ。乗り越えられる!」
「他に好きな人が出来たときも?」
「他に好きな人などできやしない!」
「それが私の方だったとしても?」
「……」
「話は聞いた。どっちかが死ぬかもしれないからと言う不吉なプロポーズは御免だし、そんな考えではお互いに幸せになれはしない。だが折角のプロポーズだから私も受けても良いが、私自身も幸せになれる自信がない。だからその時まで、そっちで預かっていて欲しい」
「預かる?」
「私も幸せになれる方法を考える。いいアイディアを思い付いたら、ハンスが嫌だと言ってもそれを私に寄こして欲しい」
「嫌だとは言わない」
「だから、先に死ぬなよ」
「お前もな」




