俺たちはリマット
混乱に乗じて上手くアジトを抜け出すことに成功したが、これから先、無事にニルスとブラームに合流することが出来るか……。
バラクとは反対の強硬派は倉庫の爆発現場の方に行って留守だったのだろうけれど、屹度この爆発を知り慌てて戻って来るだろう。
問題は、それだけではない。
アジトの方からも、俺たちを追ってくる者もいるだろうということ。
まんまと逃げ出すところまでは上手く行ったが、下手をすると武器を持たない俺たちは挟み撃ちに合う可能性がある。
何本か通りを過ぎた頃、直ぐに敵はやって来た。
恐らくこの近辺に屯していた連中だろう、人数は10人、武器はナイフだけ。
「縄を解いてくれ。俺も戦う」
「うるさい!黙れ!」
10人と言う多い人数を見て一緒に戦ってくれると言ってくれたのは有難いが、仲間を裏切ったことになるとマズいので、汚い言葉を投げつけて再び猿ぐつわをした。
ナイフを持っていると言っても、俺とハンスなら大丈夫だ。
「すまない。少しの間、気絶した振りをしていてくれ」
そう言ってバラクの腹を軽く殴った。
直ぐにバラクは倒れてくれて、これで気兼ねなく二人で戦える。
「さあ、やろうか!」
「楽しそうだな」
俺の言葉にハンスがニヤッと笑って言った。
「そっちこそ」
俺もニッコリ笑い返す。
実際に心が躍るような気持ち。
訓練以外でハンスと一緒に戦うのは初めてだった。
「どっちが多く倒すか勝負をしない?」
「いいよ。俺の勝ちは揺るぎないけれどね」
「あとで負け惜しみを言っても知らないから」
「その言葉は、そっくり返すよ」
最初の敵がナイフを突きつけて来たので、手首を取り、肘を中心に回転させて倒したところに膝を落して、その反動で直ぐに立ち上がる。
「ハイ1人!」
ハンスの方は低い姿勢で肩越しにナイフをやり過ごした状態から、体の向きを変えて豪快に投げ捨てた。
「俺の方が芸術点は高そうだな」
「だったら、これはどう?」
次の敵が突き出してきたナイフを持つ手首を、内回し蹴りで外に捌き、その足を降ろすと同時に体を後ろ向きに反転させて反動を付けた横回し蹴りで相手の延髄を蹴って倒した。
「ナカナカ良いね。でも、そんな技を使っていると格闘ゲームマニアから追いかけられるぞ」
そう言いながら、相手の懐に潜り込んで溝落ちに肘を打ち込んで、そのまま起き上がって大きく敵を投げた。
「あっ、それ初めて対戦した時の技に似ているね」
「お前の場合は、俺の顎に頭突きを当てようなどと大それたことを考えやがったから、もっと高く飛ばしてやったがな」
「大それたことなんて、酷いな」
「当たり前だ、あの時まともに頭突きを喰らっていたら、俺の顎は粉々に砕けちまっている。酷いのは、そっちの方だ」
話しながら、お互いが横から回り込んできた敵の腕を取り、大きく回してお互いに投げつけた。
ハンスから投げられて来た敵を俺は蹴りで、そしてハンスは投げで倒し、俺は蹴りの反動を利用してもう1人の敵に後ろ回し蹴りを当てて倒した。
「ほら、こっちはもう4人だぞ」
そう言ってハンスの方を見ると、投げた態勢から前転して相手に近付いて。起き上がりざまにアッパーをお見舞いして4人目を倒したところだった。
「こっちもだ」
残ったのは2人。
この残った2人の敵を独り占めにするのは難しい。
お互いに、そう思ったのか、ハンスと目が合った。
2人の敵は既に怯えている。
当然、もう戦ってはこないだろう。
俺とハンスが同時に飛び込むように一歩足を出すと、案の定2人は逃げ出した。
俺は2人の後ろ姿に向かって叫ぶ。
「ナイフを捨てないと、追いかけるぞ!」って。
逃げ出した2人共、俺の声を聞くなり持っていたナイフを道に投げ捨てて慌てて向こうに消えて行った。
「ナトー。君たちは、いったい……」
猿ぐつわを解くなり、バラクが言った。
DGSEは高度な情報収集のプロ集団だが、その多くは非軍事化されていて戦闘のプロ集団ではないから、今の俺たちの戦いぶりを見て不思議に思うのも無理はない。
「俺たちはフランス外人部隊の特殊部隊LéMATだ」
「軍人なのか」
「まあ軍人だが、心配は要らない。今日は非番で、遊びに来て事件に巻き込まれているだけだ。そうだろ?」
そう言ってハンスを見ると「俺は、夜から勤務だがな」と笑って言った。
軍人として動くには、先ず命令書が要るし、報告書を上げる義務もある。
ここでバラクを救出するために戦ったとなると国を巻き込んでの戦闘となるので、徹底的に戦う必要がある。
そうなるとザリバン対フランス軍に留まらず、駐留しているアメリカ軍や政府軍も巻き込み、もちろん報道関係も動くことになりザリバンも引くに引けない形になる。
劣勢に立たされたザリバンは各地から応援を呼び寄せて、街は戦場になる。
無理に追い詰めれば、中東で頻繁に行われた自爆テロも仕掛けてくるだろう。
そうならないために、敵を追い詰めずに、ただの騒動に押さえておきたい。
幸い武器庫は2つとも潰すことが出来たから、弱体化されたザリバンも、この地から自然消滅的に撤退してくれる可能性も高いだろう。
だが、その前に立ちはだかるのが強硬派の奴等――噂をすれば、なんとやら。
正面から、今度は拳銃を持った奴らが3人こっちに向かって走って来る。
「この角を曲がろう!」
いくら格闘には自信があったとしても、素手で銃には敵わないので道を変えて逃げることにした。
GPS機能付きの腕時計をしているから、逃げていてもエマの方で探して迎えに来てくれるはず。
しかし、ここはまだアジトの近く。
曲がった先にも、今度はAK47を持った敵が2人居た。
距離が離れているので、戦えない。
こんな所で乱射されたら、たまったものじゃない。
慌てて民家の脇の細い道に飛び込む。
“もしも、この先が行き止まりだったとしたら、民家の窓を壊して中に入るしかない”
悪い予感と言うものは、よく当たるもの。
入った道の先を左に曲がった先が行き止まりになっていた。
横には窓ガラスがある。
壊して中に入るか?
一瞬息を潜めて考えていると、家の中から赤ちゃんの泣く声が聞こえてきて、直ぐに母親らしき優しくあやす声も……。
この家に入るという事は、この家庭を巻き込むことになる。
“狭い壁伝いに屋根に上るか?”
しかし時間的には壁に昇っている最中に、敵がここまで辿り着く可能性の方が高い。
“どうする?”
人ひとり通れるのが、やっとの狭い通路。
敵だって1人ずつしか来られない。
俺は2人を奥にして、壁際にしゃがんでを待つことにした。
突き出された銃を下から持ち上げるようにして奪う。
殺すことになるだろうが、仕方がない。
敵の近づいて来る足音に耳を澄ます。
タイミングを少しでも間違えば、俺たちに与えられた時間は止まる。
……しかし、一向に敵の足音は聞こえてこない。
この路地に入ったのは見えていたはず。
“おかしい”
バッグからコンパクトを取り出して、角の先を映してみた。
敵は居ない。
ハンスに残るように合図して、そっと様子を見に行く。
相手の足音、いや呼吸をも聞き逃さないように、ゆっくりと歩く。
もしかしたら俺たちが出てくるのを待ち構えているのかも知れないから、時間が掛かっても、ここは慎重に行く。
通りの角まで来た。
さあ、ここから、どうする……。
右に居るか、左に居るのか、それともその両方なのか?
敵が来た位置のままだとした場合、右には拳銃を持った3人、そして左にはAK47を持った2人。
近接戦闘の場合AK47を持ったほうは銃が重くて大きい分、取り回しが遅いし、銃口を掴みやすい。
だが、拳銃の場合はゼロ距離でも素早く発砲できるメリットがある。
拳銃を持った相手が1人なら迷わず右の拳銃を持った奴を狙い、それを奪って戦えるが、3人居たのでは運よく2人を倒したところで3人目そしくはAK47の銃弾を喰らうことになる。
待ち構えているとしたら敵は壁際に横に並んでいるはず。
バラクには、仲間は殺さないと言ったが、この場合は仕方がない。
左に飛び込んで、1人目は無視して2人目のAK47を狙おう。
そして、その銃を奪い連射できれば、なんとか切り抜けられる。
拳銃の種類にもよるが、2人を盾として使えば運が良ければ被弾を避けられるかも知れない。
あとは運に任せて、低い姿勢から通りに飛び出した。




