裏切り者には罠を仕掛けろ③
食事を済ませて、ニルスと会議の行われる国防総省に向かった。
護衛はG-LéMATの5人。
新米のカールは一番年長者ながら、常に皆に気を使いながら場を明るくする名人で、何にしてもよく働く。
本人の希望もあっただろうが、LéMATを通り越していきなりG-LéMATに抜擢したハンスの目に狂いはない。
道中何事もなく、国防省に到着した。
待ち合わせしていたユリアと合流し、機材を降ろし、待機する。
「一体俺たちは何をするんだ?」
「デモンストレーションと、暴露」
「暴露??」
「そう。内部情報を漏らした人間を締め上げる」
「締め上げるって、訓練ばっかりしていて、いつの間にそんな調査をしていたんだ??」
「さあ、いつの間にでしょう?」
「なんでい、それ!?」
少し意地悪をして惚けて答えた。
「まあまあ、俺たちはいつもお嬢の手の中で弄ばれ、そして保護されている。グレネード弾でヘリを撃墜したトーニ兵長なら分るだろう?」
ユリアがカールに、上手いこと言うわね!と褒めた。
「ま、まあな……」
それに反してカールに言われて不承不承ながら、トーニは黙った。
控室で待っていると、携帯が鳴った。
エマからの合図。
「では、ニルス頼んだ!」
「OKナトちゃん」
ドローンを持ってニルスは屋上に上がった。
私はユリアを連れて、機材を持って会議室の前で、出番を待つ。
丁度、中からエマの声らしき音が微かに聞こえて来た。
「我々の敵は親ロシア派過激組織と、その後押しをするリトル・グリーンメン、更にその後方で手ぐすねを引いて出番を待つ某巨大国家に、少しでもやり方を間違えば住民をも敵に回してしまうのは、みなさんご存じのとおりですね。ところで先頃ウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊のユリア・マリーチカ中尉が持ち帰ったビデオの分析結果は出たのでしょうか」
「そ、それが……解析中のマイクロSDカードが、じ、実は先日の火事で……」
「まさか消失させてしまったわけではないでしょうね!」
しどろもどろに答える国防省の官僚たちを、内務省の官僚たちが激しく問いただす。
「それが……その……バックアップごと、つまり消失してしまいました」
深々と頭を下げる内務省官僚たちと、それを庇うように一緒に頭を下げる国軍上層部の幹部たち。
「やはり裏切り者は軍内にまだ多く残っていたようですな。と、言うか、この中に裏切り者が居るんじゃないですか!?」
「まっ、まさか!!」
「貴様ら軍部が信用ならないから、他所の国に迷惑を掛けるんだ。いったいいつまで裏切り者を野放しにし続けるつもりだ!?対策は、どうなっているんだ!?」
「まあまあ、それでは議題が進まないではないですか。身内である軍部をつるし上げたのでは、応援に来て下さった各国の特殊部隊の皆さんもモチベーションも下がてしまうでしょうから、追及はその辺にして議題を先に進めましょう」
「いいえ、裏切り者捜しは重要です。特に裏切り者がこの会議の中に居るのであれば」
身内の恥をこれ以上さらしたくないのか、外務省の高官が議事の進行を促そうとするのをエマが止めた。
「裏切り者が、この中に!?」
「そ、そんな馬鹿な!」
「いくら応援に来たと言っても、行っていいことと悪いことがあるぞ!」
会議場が紛糾する中、窓際に1機の貨物用のドローンが現れた。
ドローンは何やら爆弾らしき物をぶら下げているように見える。
「ドローンだ!伏せろ!!」
誰かが叫び、皆が一斉に床に伏せる中、外務省の官僚の1人だけが椅子に座ったままドローンを絶望的な目で見つめていた。
「大丈夫です。このドローンは私が用意した物です」
立っていたエマが皆に声を掛け、窓際に向かう。
「悪戯もいい加減しろ!」
「それよりも、ここのセキュリティーは、どうなっているんだ!!易々とドローンの侵入を許すとは!」
「WDTI(ドローン防衛システム)は機能していないのか!」
「大丈夫ですよ。セキュリティーは万全です」
窓を開け、涼し気な表情でドローンを掴むエマが透明な釣り糸で吊るされている仕掛けを見せる。
「いい加減にしたまえ。君たちはこの会議を何だと思っているんだ!」
「あら、言いませんでしたっけ?犯人捜しは重要だと。そして今、犯人が分かりました」
「犯人が分かった?」
怒号が止み、静まり返る会議室。
「いったい誰なんだ、その裏切り者は」
ざわつく会議室のなかで、拳銃に見立てた指で、ある一点を示すエマ。
その指さす先を声も立てずに目で追う人たちが見た人物は、外務省の事務官。
「何を根拠に。侮辱も甚だしいじゃないか!」
「貴方は、先ほどドローンの襲来に皆が伏せる中、ただ一人座ったままドローンを見つめていましたね。それは何故ですか?」
「そ、それは、もうどうにもならないと観念していたからだ」
「潔いですね。でも本当は仲間に裏切られたと絶望していたのではないですか?」
「仲間?あり得ない」
「ユリア中尉、入って来て下さい」
ドアに向かってエマが声を掛け、待機していたナトーとユリアが中に入る。
「な、なんだね。この人は」
「この方は貴方の仲間が燃やしてしまったビデオを持ち帰ったユリア中尉です」
「いい加減にしてくれ、何の根拠もない話は」
憤る事務官を無視してエマがユリアに聞く。
「先ず、ユリア中尉に確認します。ビデオデーターのバックアップは取りましたか?」
「はい」
「それは、通常の行為ですか?」
「いいえ、規則違反です」
「何故、規則違反をしたのですか?」
「内部での裏切り行為が発覚したためです」
「でも、たかが偵察で撮ったビデオでしょう?何か重要な目標物でも撮影しましたか?」
「分かりません」
「では何故?」
「不時着させた機を捨てて、救出を待っていた私たちが、執拗に敵から狙われたからです」
「それは何故?」
「おそらく、ビデオで撮影した画像の中に、知られたくない情報があったのだと思いました」
「賢明な措置だと思います。有り難うございます。どうやらビデオのバックアップがあり助かりました。実は私たちのなかで過激派組織から命を狙われている隊員が居りまして、その隊員を救うために罠をしかけました。偶然にも、その隊員は情報部の火災に遭遇して撃ち合いに巻き込まれ、負傷して病院に運び込まれましたので、そのタイミングで入院させて敵の動きを待ちました」
「……」
「ハンス少佐が、各方面に負傷した隊員の入院先と部屋番号を通達しました」
「それは迂闊ですね。その中にもしも敵の手先が居れば、命を狙われるではないですか」
「仰る通り暗殺者の訪問を受けましたので、部屋を替えました」
「当然ですな?」
「そうです。しかし変えたことにした部屋にも再び暗殺者はやって来たので、再度部屋を替えました」
「部屋を替えても、それをいちいち他人に教えていたので、裏切り者が居た場合に意味が無いでしょう」
「それはそうですが、最初に言った通りこれは罠なのです。つまり1回目は1~9のグループには201号室を、10~18のグループには202号室を、19~27までのグループには203号室と言う別々の部屋を伝えたとします。そして暗殺者が201号室を狙った場合1~9のグループ内に敵が居ることが分かりますので、1~9の中で再度変えた部屋を別々に伝えることを繰り返せば、犯人を操っている者の番号が割り出されるわけです」
「で、それで割り出された所と言うのは?」
「外務省です」




