我々の城①
ここに来て敵が何故ここに目を着けたのか直ぐに分かった。
一応、軍の施設だとは言え、元々は退役軍人や予備役がタマに使う施設なのだから設備が古すぎるのも仕方ない。
宿舎も事務所も木造で、外からの銃弾を防ぐ事は出来ない。
唯一射撃場だけがコンクリート製だが、たった50mしかなく軍の射撃場には規模が小さすぎるうえに弾薬庫もなく、この小さな射撃場に備え付けの金庫に少しだけ弾薬が収まっているだけだった。
とりあえず新たに運び込んでもらった銃器と弾薬は射撃場の隅に置いて、宿舎の安全を確保するために壁に土嚢を積む作業に取り掛かる。
土嚢に入れる土は、宿舎の周囲に塹壕を掘る事で賄った。
「すみません。こんな使われていない古い施設で」
私たちの世話をするために派遣されていたウクライナ軍の調理員に謝られたが、彼らには何の罪もない。
むしろ昨夜レーシ中佐が来て防御態勢を整えてくれなければ、犠牲者になっていたかも知れない。
そのレーシ中佐は本部に帰ったものの、部隊の1部は残してくれており今も警戒に当たってくれている。
午前中は我々G-LéMATと空挺団とで作業を行っていたが、午後にはウクライナ軍の工兵隊が重機や資材を持ち込んできてくれ一緒に作業に当り、夕方には出入り口に小高い丘を拵えてNSV重機関銃を据え付け急ごしらえだが陣地の様な姿になった。
土嚢に覆われた丘の上に立って周囲を見渡すと、防御力は格段に上がったことがうかがえる。
これなら1個中隊規模の攻撃くらいなら阻止できるだろう。
「あれっ!?あれレーシ中佐じゃねえか?」
私と一緒に高台に上がっていたトーニが、遥か向こうからやって来る車を見て言った。
確かに向こうから来るのはウクライナ軍の車列。
しかし、そうそう都合のいい事ばかり起きるわけではない。
各員に緊急体制を整えるよう、ホイッスルを3回鳴らした。
この高台から見ていると、さすがに戦闘員全員が特殊部隊だけあって、ホンの一瞬で戦闘態勢が整う。
今日の重機関銃陣地の担当はモンタナとフランソワで、門番はブラームと……。
「トーニ、いつまでここに居るつもりだ。早くも持ち場に着け」
「いっけねぇ。俺は下だった」
「ほれ、装備だ!」
降りようとする丸腰のトーニに、フランソワが持って来たAKMと弾倉帯を投げて渡す。
「あんがとよ!」
私も持ってきていた双眼鏡で車列を確認したのち、門の所に飛び降りた。
確かにDozor-B軽装甲兵員輸送車の助手席にレーシ中佐は座っていた。
だが、そのことが何の意味もなさないのが今の状況。
既に死んでいる死体を固定しているかも知れないし、誰かに脅迫されているのかも知れない。
裏切りを強要されているかも分からない。
ハッキリと事実を確認できるまでは、何事も手を抜くわけにはいかない。
「やっぱりレーシだっただろう」
肉眼で確認できる距離まで近づいたとき、トーニが門を開けようとしながら言った。
「門はまだ開けるな」
「あいよ……えっ!?、で、でも」
「門を開けるのは“死に番”の人間がOKを出した後だ。
“死に番”とは、門の外に出て相手を確認する役。
今日の“死に番”は私だ。
車が近付いて来る。
止まるように合図を送る。
車が徐々に速度を落とす。
太ももに着けたホルスターからSIG SAUER P320を抜き、セキュリティーロックを外して、腰に差し替える。
先頭のレーシ中佐の乗るDozor-B軽装甲兵員輸送車を止め、少し待つように指示を出すとすぐ後ろのDozor-Bに停車位置よりも前に誘導させてビタ付けにさせた。
更にその後ろの車両にも同じことを要求して行き、止まった車両の列を極限まで短くしてから先頭に戻り、中佐に車から降りるように合図した。
「なんですか?これは」
「以後ここに来たら、この様に車両を止めてもらいますから、隊員の皆さんにも良く言いつけておいて下さい」
「なるほど、考えましたね……」
レーシ中佐が短くなった車列を眺めて言った。
この様に車列を詰めさせると、車の後部ハッチや荷台からでは、後ろの車が詰まり過ぎていて出るに出られない。
直ぐに車両から降りる事の出来るのは、ドライバーと助手席にいる者に限られる。
つまりこの様に停める事で、たとえ10台の敵車両が並んでいようとも“死に番”が一度に相手にするのは10人+最後尾の車の兵士で、この指示に従わない場合は丘の上で睨みを利かしているNSV重機関銃が容赦なく銃弾の雨を降らす。
その間“死に番”の隊員は、新たに道路脇に掘った壕の中に飛び込んで隠れていればよく、もしその壕を敵が利用しようとすれば重機関銃の餌食になってしまう。
何故なら、この壕は丘の上にある重機関銃から一直線に見えるように掘ってあるから、ここに入り込んでしまうと隠れたつもりが隠れた事にならないと言う訳だ。
“しかし古来より“戦略に長けた武将は城造りの名人”とは言うが、なかなかのモノだな……“
レーシは、ナトーがたった1日で築き上げた駐屯地の門を見て、素直にその才能を認めて呟いた。




