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フルメタル  作者: 湖灯
ウクライナに忍び寄る黒い影

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自転車歩兵部隊①

 ハンスの字。

 便箋なんかなくてもハンスの気持ちはよく分かるし、この上もなく嬉しかった。

「知っている人からなの?」

 レーシ中佐が聞く。

「ああ、とても大切な」

 おそらく私の赴任が決まって直ぐに送ってくれたのだろう。

 義勇軍としてウクライナ軍と同じ装備になると、狙撃銃の選択肢は7.62mmのドラグノフか14.5mmのAlligatorかT-REXの3種類に限られる。

 敵対する親ロシア武装集団の後ろ盾には、勿論ロシア軍がついているから使う兵器も最新のロシア製。

 そうなるとSVLK-14S(有効射程距離3200m)やDXL-5(有効射程距離3000m)ORSIS-CT20(有効射程距離2500m)にT-5000に375 シャイタック(9,5×77mmライフル実包)を使えば有効射程距離は2000mにまで伸びる。

 とてもドラグノフで対抗できる距離ではない。

 かと言って、過激派と言え民間人相手にAlligatorやT-REXで使用される14.5mm弾など使いたくない。

 当たれば死は待逃れないから。

 てのひらやブーツに当たったとしても、運が良くて肘や膝から先がもぎ取れ、運が悪ければ肩や股関節からもぎ取られてしまう。

 そうなれば助かりっこないし、万が一助かったとしても、生きていることを後悔するほど酷い後遺症と治療が待っている。

 L115A3なら、慎重に狙えば一時的に戦列から離れる ”重症程度” に抑える事が出来る。

 長いリハビリ期間は必要となり、そのために苦しみも味わうだろうが、何よりも生きていると言う事が一番大切なこと。

 特に、その家族にとっては尚更。

 いつからだろう、こんな考えを持つようになったのは。

 昔は何も考えず、ただ標的の脳天目掛けて弾丸を打ち込んでいたと言うのに……。

 敵の負傷兵を捕まえに行っていた第2分隊が4人の過激派を捕まえて戻って来る頃、道路の向こう側からヘンテコな一団がこっちに向かって来るのが見えた。

「銀輪部隊……」

 レーシ中佐が呆気にとられた顔で呟いた。

 驚くのも無理はない。

 この機械化の進んだ軍隊にあって、自転車部隊と言うのは旧世代の代物。

 しかもそのうち3人のシルエットは、まるで子供の自転車に乗っている大人。

 最後尾の大男などは、まさにサーカスで器用に自転車乗りを披露する熊そのものに見える。

 驚いたのは、ランニングではいつも一番後ろをヒョロヒョロと走っているトーニが先頭を切って走っている事。

 しかも仲間を付いてこさせるように、間隔を気にしながら。

 自転車と言う乗り物は風の抵抗に、とても左右されやすい。

 とくに集団では先頭を走る者が極端に風を受け、密集状態で縦に並べば後方の者たちは先頭の起こした進行方向に巻き込むスリップストリームの影響を受け、そんなにペダルをがなくても前に付いて行ける。

 それなのに体力自慢のブラームとフランソワの2人が付いて行くのがやっとの状態。

 モンタナに至っては、もうアップアップだ。

 まさかトーニにこんな取柄とりえがあったとは思わなかった。

 私が気付いたのを感じたのかトーニが急に加速すると、今までやっと付いていたブラームとフランソワの2人が、まるで機関車との連結が外れた貨車の様にスルスルと力なく遅れだした。

 逆に重い貨車を引くことから解放された機関車の様に、トーニは軽快に私に向かって加速する。

 遠くからでも分る。

 トーニの目が誰を捉えているのか。

 こげ茶色の瞳で私を捉えて真直ぐに向かって来てくれる。

 その様子は、まるで待ちわびた飼い主を見つけてかけてくるワンちゃんのように純粋で、いつも胸がキュンと鳴ってしまう。

「ナ、ナトー怪我はねえか!?」

 近くまで来たトーニは、自転車から飛び降りると、それまでの勢いそのままに私に向かって走って来る。

 思わず、その勢いと思いをこの胸で受け止めようと手を開きかけて止めた。

 もうこれ以上、私は罪を犯してならない……。

「怪我はないが、どうしたんだ?そんなに慌てて」

「どうしたも、こうしたもねえ。ナトーの到着が遅いと思って無線に噛り付いていたら、この騒動だ。それで加勢するために、慌てて駐屯地からこうして走って来たって訳だ」

「自転車でか?」

「仕方ねえだろ、まだ俺達専用の車なんてねえんだから。この御時世、急に無断で車を動かしちまったら、“親ロシア派の裏切り者”と間違われて味方から撃たれる可能性だってあるからな」

「言葉を慎め。来る来ないはまだ決まっていないが、我々の分隊にはそのロシア人のハバロフが居るんだぞ」

「奴は裏切らねえ」

「だが、ロシア人を傷つける言葉だ。

「違ぇねえ、以後気を付ける」

“素直!!”

 いつも減らず口ばかり叩いているくせに、たまに急に素直になる所も、私の胸をキュンキュンさせる。

 年上だけど、凄く可愛い。

「ところで今まで気が付いてやれなかったが、ランニングに比べて自転車に乗ると凄いな。一体どういうことだ?」

「イタリア生まれだからな」

「ジロ・デ・イタリアに憧れていたのか」(※1)

「そう、イヴァン・バッソみたいな選手になるのが、人生初の目標だったんだぜ」(※2)


(※1)ジロ・デ・イタリア:自転車の2大ロードレース(もうひとつはツール・ド・フランス)

(※2)イヴァン・バッソ:2006年と2010年のジロ・デ・イタリア 総合優勝2回を誇るイタリアの英雄的ロードレーサー。

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