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フルメタル  作者: 湖灯
ウクライナに忍び寄る黒い影

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ハンスとホテルで②

 朝のシャワーは自分の部屋に戻って浴びた。

 でないと、また続きがしたくなってしまいそうに思えたから。

 髪を乾かしている時、ドアがノックされた。

“ハンス!”

 慌ててドアを開けると、そこにはパリッとしたスーツに着替えたハンスが立っていた。

 思わずその首に手を巻き付けて飛びついて、その大きな手を取り部屋に引きずり込みそうになる気持ちをグッと抑えて「行くの?」と聞いた。

「先に行くから俺の負けだな」

「もう!」

 少し前までベッドで交わしていた会話を思い出させるような発言に、頬を赤くしてハンスの脇腹を肘で突く。

「じゃあ」

「うん」

 別れを惜しむあまり、つい俯いてしまった私の顎に手を掛けたハンスが熱いキッスを入れてパリへと戻って行った。

 次に会うときは文字通り中隊長として多くの隊員を連れて来てくれることだろうし、もう作戦が発動しているはず。

 もう、さっきまでしていたように愛し合うことなど2度とない。


 ホテルを引き払い、国防省の中にある我々の仮事務所に向かう。

 既にニルスが来ていて、部屋のドアに掛けてあった表札が『Volunteer army (義勇軍)』から『Self-Defense Force(自衛隊)』に変えられてあった。

「おはようございます」

「ああ、ナトちゃん。おはよう!昨夜は大変だったね」

「う、うん」

 ニルスはホテルではなく、近くの官舎に住んでいるから、昨夜の私たちの事なんて知るはずもないのにドキリとした。

「凄いね、准将から聞いたよ。会議の主導権を握ったそうじゃないか」

「それは、准将が」

「そうなの?でも准将はナトちゃんの書いたメモを読んでいただけで話が進んだと言って喜んでいたけれど、違うの?」

 確かに、その通りかも知れないが、大分違うと思う。

 私の書いたメモは、あくまでもメモに過ぎない。

 シナリオではないので、舞台の台詞の様な話し言葉でなど書かれてはいなくて、要点のみを箇条書きにしているだけだった。

 つまり渡されたメモを手にして、それを発表するには箇条書きの文章を話し言葉に上手に組み替える能力も大切だが、何よりもその内容や趣旨を一瞬で理解する能力が必要となって来る。

 そうでなければ、自分自身の意に反する事。

 思っても居ない事。

 関心の無い事を発言してしまい、あとで重らぬ墓穴を掘ることになってしまう。

 よく国会で、政治家たちが官僚のメモをそのまま読んで、後々ボロが出てしまうお決まりのパターンというやつ。

「おはようナトー中尉!昨夜は有り難う。あのあと他の官僚との会議で“お宅のあの美人秘書は一体何者なんですか”と聞かれて、いやぁ~まいったよ。まさか極秘事項のエージェント活動の実績を話すわけにもいかなかったけれど、それでもコンゴとアフガニスタンでの活躍を話しただけで彼らは十分に理解してくれたけど」

「いえ、私など……」

「君は行動力がある上に、おくゆかしいところもあるから、いいお嫁さんになるだろうな。おっと失礼。これは一般論として聞き流しておいてくれ。その前に是非EMAT(参謀本部)に来てもらわなくてはならん。嫁に行くのは、その後だ」

 イザック将軍は、いつにも増して上機嫌で饒舌だった。

 私の書いたメモを、あそこまで効果的に使用できたと言う事は、准将自体も似たようなことを既に考えていたに違いない。

 しかし何か不具合箇所でもあり、発表に至らなかったのだろう。

 准将とは既に1度、外人部隊に来た時に似たような話の意見交換はしていたから、苦肉の策だったのかもしれない。

 何が足りていて、何が足らなかったのかは知る由もないが、役に立てて嬉しい。

 それにしても、さすがに参謀本部の准将だけのことはある。

 あのメモを私が読み上げていたのでは、誰も素直に耳を傾けて聞かなかっただろう。

 人生を長く経験しているからこそ相手も敬意を払って聞くし、長い人生経験で積み重ねてきた話術も利いていた。

「ハンス君はもう帰ってしまったのかね?」

「はい」

「彼にも感謝しなくてはならんな……」

 そう言うと、また准将は会議のために部屋を出て行った。

“ハンスに感謝……”

 切っ掛けを作ってくれたのはハンスだった。

 会議の冒頭から自分たちの責任を回避するために伏線を張り巡らせ、一向に主題に入らない様子に苛立ったハンスの言葉こそ、イザック将軍が動き始める最高のタイミングを作った。

 もちろんハンスの狙いは、それだけでは無い。

 中尉になって、いつもよりかしこまっている私に対する警鐘もあったのだろう。

 でないと、クールで真面目なハンスが大切な会議中に私語を話し出すはずがない。

 私が思っていることを会議の流れに沿って的確にメモに掛けたのも、ハンスに勇気を貰えたからだ。

 箇条書きとは言え伝える順番がひとつでも間違えば、意味が伝わりにくくなるだけでなく、重大さは更に薄れてしまう。

「どうぞ、濃い目に入れておいたから」

 ニルスが私の机の前に珈琲を置いてくれた。

「ありがとう。忙しいのにすまない」

「あー……僕も会議を見たかったなぁ。混乱する会議を一瞬でまとめるシナリオか……君は本当に何をやってもスーパーだね。

「そうでもないさ、頑張ったのは確かだが、普段は普通だ」

「えっ?ナトちゃんの普通の普段って一体どんな時??」

「んー……それは秘密だ」

 男性の広い懐の中で甘えてしまうところだと思ったが、そんなことなど言えるはずもない。

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