国家安全保障会議②
やれやれ内乱がはじまる前に、こっちで内乱が始まったな……。
しかも目的意識のずれた、ただ目の前にぶら下がっている責任から逃れるための足の引っ張り合い。
他人の責任を追及しながら、自らは決して後で責任を追及されるような発言を残さない。
これでは議論は前に進まず、ただ単に長引くだけ。
ハンスが隣に座っている私を横目で見ながら腕を組んで笑う。
「どうした、いつもクールなハンスらしくないぞ」
「らしくなくもなる。こんなクダラナイ会議に出席するためにワザワザ大切な訓練を抜け出して、高い飛行機代をかけてここまで来たかと思うと情けなくなるよ」
「面白い。訓練をしていた方が有意義だったと?」
「そうですね。訓練は自分や仲間たちの身を守る事に繋がりますから」
「では、この会議は?」
「出席者自身の立場や身を守るための会議かと」
ハッハッハ!
ハンスの言葉を聞いて、急に大声でイザック准将が笑い始めてしまった。
紛糾会議は、准将の高笑いで一瞬静まり返る。
「早速義勇軍を派遣して、直ぐに結果を出してくれたフランス政府には感謝しているが、いささか失礼ではありませんか?」
議長がイザック准将を嗜める。
「いや、失礼……」
准将は悪びれる様子もなく、子供みたいに肩をすぼめてみせた。
「外野は黙っていて欲しいですな」
「いや、彼らも需要なパートナーとしてこの会議に来ていただいたのですから、なにか意見があれば述べてもいいのでは?」
「そうだ。外野とは失礼だぞ」
「数は少ないが、現在の状況では我が国軍よりも信頼できるのだ。是非忌憚のない御意見を伺おうではないか」
会場に集まった閣僚たちは、次第に准将からの意見を求める声が徐々に高まって行く。
自分では思っていても、立場を守りたい一心で踏み込んだ意見を出せない閣僚たちも、既にイザック准将が笑った意味を感じ取ったのだ。
早い話が責任転嫁だが、これに易々と引っかかる准将ではない。
だが逆に、誰かが責任をもって踏み込んだ意見を述べなければ議題は前に進まないことも確か。
さて、准将はどう対応するのだろう。
「宜しいのですか?“外野”からですが」
「おねがいします」
今まで静観していたチェルノワ大統領が発言を促す。
「では、お言葉に甘えて」
そう答えると、准将は鼻を掻きながら私の方に向かってウィンクをして前の席に来るように言って自らが要していた白紙のノートをよこし、そこに“対応策”と走り書きした。
“これは……”
つまり私の考えを書けと言う事。
一介の中尉だぞ。
しかも現場での実績しかない、士官成りたての……。
准将は、それっきり私を見ない。
斜め後ろに座るハンスを振り返ると、微かに首を縦に振った。
いつも通りのクールで精悍な瞳が私を捉えていた。
「先程迄の議論の流れを伺っていると、我々フランスに住むものではナカナカ理解出来にくい他民族国家ならではの問題があるようですな」
思えばサン・シール士官学校に行くことになってからと言うもの、会うたびに准将は私を試していた。
そして今度は試すのではなく、託された。
この真っ白なノートを埋める文字にイザック准将の……、いや我々やウクライナの今後を左右する。
“書くしかない!”
この紛争を鎮めるためでなく、人々の安全な暮らしとウクライナ人とロシア人の関係や、軍事介入を抑え込むために考えていたことをノートに綴る。
「今回の問題で最も優先すべき問題は“差別”だと思います。確かに武装した過激組織は親ロシア派で、ウクライナ軍内で仲間を裏切ったのもロシア系移民、捕まえた狙撃兵もロシア人。何から何まで“ロシア”と言う肩書が付いてしまい、今現在ウクライナ軍内で問題を抱えているのは……何でしたっけ?」
「そのロシア系の隊員を排除した組織変更です」
国防省の官僚が“お前、会議を聞いていたのかよ!”とでも言うように、ブスッとした態度で答えた。
「そうそう。ロシア系隊員の排除でしたね。警察や消防も、そうでしたっけ」
「軍より遅れていますが現在、排除の方向で進めています」
内務省と、消防庁の閣僚が同じように不満気に応える。
「それは何故?」
「大変失礼ですがイザック准将は、チャンと会議を聞いていましたか?聞かれたからお答えしますが、軍内と警察内での裏切り行為があった以上、消防でも“裏切りは行われる”と想定しておかなければ消火活動に支障が出る可能性もあるからです」
「なるほど、安全管理が素晴らしいですな」
准将はテーブルに置かれたコップに手を伸ばすと、それを口に含まず、わざと床に零した。
「何をされるのですか!!」
一部の閣僚が、それを見て騒いだ。




