混乱①
追手に関しては、敵の無線周波数が分かっていたのと、敵の残した無線機を壊しておいたことで安心して街に戻る事が出来た。
「しかし何故敵はユリアたちを追ったのだ?普通なら墜落現場を見てお宝を探し、パイロットたちを探すにしても1個分隊で充分だったはずだろう?」
「おそらく、ビデオよ」
「国境沿いで撮影したヤツか」
「おそらく、映されてはマズい何かが有ったに違いないわ」
話をしながら歩いていると、道路の向こう側に臨時の検問所が置かれていた。
ここでユリアたちを引き渡せば、この任務も終了だろう。
10時45分。
「止まれ!部隊名と名前、それと目的を言え!」
検問所の30mほど手前で止められた。
検問所の人数は10人。
「義勇軍先遣部隊ナトー中尉だ、捜索していた202号機のクルーを引き渡しに来た」
「そっちは!?」
「ウクライナ軍第14独立ヘリコプター部隊202号機のユリア・マリーチカ中尉だ、あとの3名はクルー。2名負傷している」
「よし、こっちに来い」
ユリアが応えている時に、トーニが靴をコンコンと2度踏む音が聞こえたので振り返ると、ヘルメット越しに耳を抑えている左手の中指が立てられていたので、モンタナたちに目で合図を送る。
ウリークとクリチコを担いでいたブラームとフランソワが2人を降ろし、尻もちをつく。
「我々は、もうヘトヘトだ。すまないが負傷した2名を引き取りに来てもらえないだろうか」
「だらしのない奴等だな、あと少しくらい何とかならないのか」
「ふざけんな!こっちは一晩中森の中を歩き回っていたんだ、一旦止まったらもう歩けねえ!止めたお前らが悪いんだから責任を取れ!」
「俺たちは、たかが義勇兵だぜ。報酬目当てに応募しただけで、お前らみたいな正規兵と違うんだ。そのくらいサービスしたっていいじゃないか!」
フランソワとブラームが大声で文句を言うと、仕方ないと言うふうに2人出て来た。
「すみません。まだ隊員も慣れていないもので」
「いいってことよ。ワザワザ、フランスから来たんだから」
「ありがとう」
検問所から出て来た2人に話しかけたついでに、ユリアに目で左を合図した。
2人がウリークとクリチコを抱えようと膝を降ろすと、ブラームとフランソワが手を貸すように腰を上げた。
「うっ」
小さな吐息が2つ漏れたのを合図に、私とモンタナは右に、ユリアとホロヴィッツは左に展開し、中央のブラームたちは今できたばかりの2つの死体を盾にして検問所に向けて一斉射撃を始めた。
あっと言う間に検問所に使っていた納屋は穴だらけになり、戦闘は一方的に終わる。
あとは残存兵が居るか調べるだけ。
警戒しながら近づこうとすると、納屋から1台のバイクが猛スピードで飛び出して向こうに逃げて行く。
私からは死角になり見えなかったが、ユリアとホロヴィッツが激しく銃を撃つが、走り続けるエンジン音は一向に止まらない。
モンタナたちも一斉にバイクで逃げた男を撃とうと移動する。
私はその姿が死角から出て来るのをジッと待って銃を構えていると、直ぐにバイクは出て来た。
オレンジ色のオフロードバイク。
時速は約100㎞/h超。
距離300m。
私はバイクの15m先の予想進路上の胸部を狙ってトリガーを引く。
銃弾を発射して0.5秒後にバイクは転倒して、乗っていた奴も路上に飛ばされるのが見えた。
飛ばされた奴は、しばらく地面を転がっていたが、それ以降は一切動かなかった。
「さすがね」
ユリアが言ってきたので、トーニを褒めてやってくれと言った。
敵の使う周波数を察知していたとはいえ通信機が1台しかない以上、四六時中その周波数だけを聞いていたのでは、役に立たない。
トーニは歩きながらでも様々な周波数帯に切り替えながら通信を傍受して、検問所を見つけた際にウクライナ軍の周波数に捕らわれず、敵の可能性も視野に入れていたからこそ検問所が発信した敵への通信に気付く事が出来たのだ。
「で、奴等は誰に通信を送っていた?」
ユリアに褒めてもらって鼻の下を伸ばしているトーニに、ぶっきらぼうに聞いた。
「ナトーは褒めてくれねーのか?」
「褒めない。“にわか”とは言え、通信士としては当たり前だ……でも、よくやった」
褒めないと言ったものの、なんだか妬いている後ろめたさに気付き、結局褒めた。
「奴等、グラコフ大佐に、“物がに引っ掛かった”と言いやがった」
「しかし厄介だな。ウクライナ軍内に、こうも裏切り者が居たんじゃ話にならない」
「ごめんね」
「いや、ユリアには何の責任もないから謝る必要はない。肝心なのは、これからどうするべきなのかだ」
「従兄のレーシを呼びましょう」
「レーシ中佐はオデッサの第25独立空挺旅団じゃなかったのか!?」
(※第25独立空挺旅団はウクライナ軍内でも特別に練度が高く特殊部隊的な任務もこなすが、2014年東部の都市ドネツクで起きた反乱の鎮圧に向かった同部隊の中から反乱軍(のちのドネツク共和国軍)に寝返るものが多く出てウクライナ軍内の混乱を招いた)
「大丈夫よ。25独立空挺旅団はその後、あのような事が2度と起きないように政府に忠誠を誓う兵士で再編成されているから」
「しかし、オデッサに居るレーシ中佐を今から呼んでも……」
「屹度大丈夫よ。こんな混乱の中で大変な首都防衛に駆り出されているに違いないわ」
「だったら尚更、来るのが難しいのでは」
「遭難した可愛い従妹が見つかったと分かれば、直ぐにでも飛んでくるわよ」




