ユリア中尉を探せ!③
「中尉!敵です!!」
ガナーのホロヴィッツが森に現れた煙を指さした。
白い煙が青い空に1本の筋を引くように立ち上がっている。
「白いな……」
「距離は直線で約2㎞程です!」
「すみません俺たちのせいで……」
「俺達がここで足止めしますから、マリーチカ中尉はホロヴィッツ軍曹と2人で先行ってください」
キャビン担当の2人は胴体着陸の衝撃で、ウリークは足に怪我を、クリチコは腰に怪我を追っている。
なにしろキャビンの簡易的な椅子には、パイロットやガナーが装着するような確りした4点式のシートベルトは付いていなくて、簡素な2点式なのだから無理もない。
2人は私たちに先を急ぐように言ってくれた。
口には出さないが、2人とも怪我の痛みで体力的にも精神的にも限界がきているのだろう。
もう前に進むことは叶わないが、悪い知らせばかりじゃない。
「お前たちを置いては行かない。機は無くなってしまったが、私たちは4人で1つのクルーだ」
「でも……」
「隊長……」
涙目になる3人に煙を見るように指さした。
「あの煙は明け方にはなかった。そして現在時刻は8時40分。ワザワザ私たちに見つかりやすい時間に火を焚くか?それに、やけに白い。普通暖を取るためや炊き出しに使う火は、炎が上がるように焚くからあれほど煙は出ない」
「では、あの煙は?」
「おそらく私たちを追ってきている敵が、夜中か明け方に使って消した焚火に誰かが再び火を付けた。それも、私たちに発見されやすいようにブスブスと煙が良く出るように工夫して敵が近付いていることを知らせるため」
「煙を上げた味方は、何故敵がいると分かっていて戦わないのですか?煙を上げるより戦って足止めしてくれれば……」
「考えられることは3つ。敵に対して圧倒的に戦力が劣る場合か、敵にまだ追いついていない場合、そしてその両方を併せ持つ場合」
「では、俺達はやはり助からない……」
「いや、きっと助かる。彼らは助けに来てくれる。なぜなら懸命な指揮官であれば戦力的に叶わなければ、煙と言う消極的な手段ではなく発砲して注意を自分たちの方に向けようとするはず。発砲しながら敵をひきつけ、敵を分断して自分たちにとって有利な条件下に導いて一気に叩く。だが発砲が無いと言う事は、彼等は充分敵と戦う事が出来ると言う事だ」
「マリーチカ中尉、いつの間に歩兵の戦術を?」
「ナトーなら屹度、そうするだろうと思てな」
「ナトー!あのコンゴやアフガニスタンで超人的な活躍をした軍曹ですか!」
「あの軍曹なら1人でも1個分隊、いや1個小隊相手でも戦えるでしょうね」
「でもナトー軍曹はフランスか……」
「いや、案外近くに来ているかも知れんぞ。とにかく敵はもう直ぐそこまで来ているのは確かだろう。少しでも有利な場所を確保して救援部隊が到着するまで応戦するぞ!」
「了解!」
たった1本の煙のおかげで、疲弊していた2人も勇気を取り戻した。
これなら救援部隊が到着するまで何とかなるかも知れない。
“ナトー!ひょっとして本当にナトーなのか”
そう思うと、自分の中でもムクムクと勇気が零れんばかりに溢れ出て来るのが分かる。
「ナトー」
青い空に向かって伸びる、一筋の白い線を見ながら、そう小さく呟いた。
「3人来ます!」
「こんなにバタバタ足音を立てて走って来てくれれば、俺様にだってわかるぜ!」
トーニの言う通り、まるでランニングをするように走ってくる音が良く聞こえる。
「民兵の下っ端だな」
「全員気に隠れて一旦装備を降ろせ!通り過ぎざまに片付ける」
「やりますか?」
フランソワがナイフを見せる。
「お前たちの腕なら、素人相手にナイフは要らんだろう」
「ごもっとも」
「一撃で倒せ!」
「了解!」
それぞれが縦に木の陰に隠れ通り過ぎざまに、ブラームはハイキックでフランソワはパンチで、そしてモンタナはラリアットで一瞬にして3人を気絶させてしまった。
気絶しているうちに3人を縛り上げ、それぞれお互いが見えない場所に移動させ個別に尋問する。
「おい!起きろ!」
パチンと頬を叩くと、まるで魔法が解けたように目を開ける。
個別に一人ずつ、仲間同士の姿や声が分からない場所で尋問をする。
これだと他の2人は殺されたと勝手に思い込んでくれ、その思い込みが恐怖心を煽り、助かりたいと思う気持ちが饒舌にさせる。
「本隊の人数は?」
「48人」
「装備は?」
「自動小銃と手りゅう弾」
「本隊は今どの辺りに居る?」
「ここから1㎞程先に居る」
「お前たちのボスは誰だ?」
「グラコフ大佐」
「その上は?」
「分からない」
「仲間同様に死にたいか?」
「死にたくない。お願いだから殺さないでくれ」
「なら話せ」
「本当に知らない。グラコフ大佐なら知っている、あと無線士のムラジニコフなら」
「その2人はどこに居る?」
「この1㎞先に居る」
「何故、国軍の中からお前たちに寝返った兵士が出た?」
「約束していた」
「どんな?」
「同胞として協力するように」
「お前たちは一体何をしようとしている?」
「これはロシア人の正当な独立運動だ」
尋問を終えると再び猿ぐつわをして、他の2人にも同じことを聞いた。
どうやら間違い無いらしい。
ただ敵の本体迄の位置は500~1000mと3人に幅が出た。
まあ、日頃走り慣れていないと距離は分りにくいから仕方がない。
目隠しをしと耳栓を付け加えて、3人を見晴らしのいい離れた木々に縛り付けた。
縄の強度は、半日も“もがけば”抜けられる程度。
誰かが縄を解けば、あとの2人も助かるだろう。
敵の3人が持っていた弾薬を5人で分け合いリュックに入れた。
少々重くなるのは仕方がないが、戦場では身軽になる以上に、銃弾は貴重だ。
これが切れたら命も終わる。




