航空機Vs馬
やって来た馬に跨り、軽飛行機を追いかける。
サオリはドローンが撃墜されないように巧みに操り軽飛行機に近づけて行き、そして急上昇させて屋根についている翼の死角に入った。
“イケる!”
あとは急降下してドローンをプロペラにぶつければ……。
ところが、上昇してこれから急降下に移ろうかという所で、ドローンは何故か失速してしまい飛行機から離される。
バッテリー切れ!
サオリは慌てて手綱を握り直して馬を走らせるが、ドローンの操縦をするために殆ど止まっていたので、後から馬を呼び寄せた俺の方が遥かに飛行機に近い。
奴等からの銃撃を避けるため、馬を回り込ませて飛行機の真後ろに入る。
あとは手綱を口で掴み、目的を達するだけ。
ドアを開けて身を乗り出してきた奴を撃つと、滑走している飛行機から零れ落ちて来たが、俺の狙いは人間ではない。
真後ろからでも十分に狙える的。
それはタイヤだ。
タイヤなら22口径の非力な銃でも、充分パンクさせる事が出来る。
飛び立ってしまえばタイヤのパンクなど何の問題も無いが、飛び立つ前は巨大扇風機の起こす風を動力とした車に過ぎない。
パスッ!
風を切る音に混じって微かに銃の発射音が聞こえ、空薬きょうが排出された。
弾丸が50m先を行く軽飛行機の一番前のタイヤに吸い込まれ、バーンと言う破裂音が響く。
タイヤが破裂したわけではない。
圧力の掛かったタイや内部の空気が一瞬にして外に出た音だ。
フロントタイヤのパンクで走行抵抗が増して、前側につんのめる様にバランスを崩す事を想定していたのだが、現実はそういう風にはいかなかった。
意外と平気で走っているばかりか、スピードも落ちていない。
いや、逆に上がっている。
パンクに気付いた操縦士がフラップを目いっぱい下げて、フロントタイヤの抵抗を軽減させたのだ。
“さすが!”
でもそれをすると、次の一手で詰んでしまう。
右側の後ろタイヤ目掛けて数発叩き込むと、またバーンと言う破裂音がして、飛行機の軌道が右に逸れ出した。
まだ離陸速度に達していない状況で無理やりフラップを目いっぱい下げたことで先にパンクしたフロントタイヤの抵抗は軽減できたが、一時的に速度が落ちたのとフロントに掛かっていた荷重を後ろ2本のタイヤで支えなくてはならなくなり、今度はパンクした後ろタイヤの抵抗から逃げ出す事が出来なくなった。
走行中に数発の命中弾を受けたことにより、大きなダメージを受けたタイヤが変形してしまい抵抗を増し更に減速してしまう。
直線を走っていた物が急に右に方向を変えたのだから当然飛行機はバランスを崩し、大きく右翼が持ち上がり、反対の左翼が地面に設置すると翼は機体の重さを支えきれずに折れた。
ドアが開き、出てきたダニエルが手に持っていたのはウィルディ・ピストル。
475マグナム弾を撃てる強力な銃。
もっともピパの持っているデザートイーグルや、パリのテロを企てて死んだメヒアのS&W M500は50AE弾が撃てるのでウィルディよりは威力はあるが、それにしても破壊力においては10本指に数えられる拳銃であることは間違いない。
どうして悪者はこうも破壊力に拘るのか……。
馬を降りて近付く俺に、ダニエルのウェルディが火を噴く。
奴の手が、銃を撃った反動で大きく上に上がるのを見ながら、俺は銃を構えずにゆっくりと近付く。
奴が2発目を撃つ。
飛行機が倒れた衝撃で、どこか痛めたのだろう。撃った衝撃で奴の顔が醜く歪む。
1発目も2発目も、弾は他所に飛んで行った。
3発目を撃とうと奴が身構えた時、俺もワルサーP-22を構え奴の脳天に狙いを定める。
お互いの距離は、もう20mを切っている。
この距離で475マグナム弾を食らえば、即死か体の一部を捥ぎ取られるのは確実だろう。
脳天に食らえば、スイカを叩き割るように破裂する。
しかし、そうはならない。
それは俺が先に撃つからではない。
実際問題、俺は銃を構えてはいるが、おそらく撃つことは無いだろう。
ダニエルの手が震えている。
理由は3つ。
俺に撃たれる恐怖心。
傷の痛み。
そしてこの並外れた破壊力を持つ銃を、痛めた腕で撃つ事への恐怖心。
立派な銃を持ちたい気持ちは分からないでもないが、それを使いこなせる体力と気力を養わなければ、結果的にこうなる。
きっちり相手を狙う腕を身に着けてさえいれば、反動の少ない銃の方が利便性は高い。
ダニエルは握っていた拳銃から手を離し、ポトリと地面に落とすと、両手を上げた。
「Obedient baby.I wish I had that feeling from the beginning.But it's too late. (従順な赤ちゃん。最初からそういう気持ちがあったら良かったのにね。でも、もう遅い)」
俺が引き金に掛けた指にゆっくりと力を掛ける。
奴の目は、その指の変化に全神経を集中させ「お願い、撃たないで!」と叫び泣く。
“撃つものか”ただの脅しだ。
「もう1人は?」
「仲間です」
「クラウチ社長は?」
「ピパが連れて逃げた」
「どこへ?」
「し、知らないが、森の方に入って行った」
「逃げたのはピパとクラウチ社長だけか?」
「奴は仲間4人と一緒だ」
俺は振り向いてサオリに聞いた。
「サオリ、後は頼めるか?」
「いいよ……」
言い終わった後、サオリの目が俺の目線から一瞬離れるのが見えたので、俺は振り向くよりも先にサオリの視線の先にある物を撃った。
「ギャー」と言う悲鳴と共に、隠れて居た“仲間”と言う奴が再び飛行機の中に消えた。
「Grim Riper……」
振り返らず、目も合わすことなく倒された仲間を真に当たりにして、ダニエルが怯えた顔でそう呟いた。
「キャス、サオリを手伝ってくれ。俺はピパを追う」
「ナトーさん私も行く!」
「ああ、頼む!」
軍事訓練を受けていないマルタは戦力にならないばかりか、逆に足手まといになる。
だが、助け出さなくてはならないのはマルタの父親。
普通なら、おとなしく待っていろと言うのが当たり前かも知れないが、俺はそう言わなかった。
何故か。
それはマルタの父親の命が掛かっているから。
実父の居ない俺には良く分かる。
親がいかに大切な存在かと言う事が。
だからマルタの申し出を、快く受け取った。
マルタと一緒に、俺達は納屋に戻るために駆けだした。




