スナイパー対決
確認は出来た。
男の子の撃たれ具合で銃の口径が分かり、撃たれた男の子の身長と着弾した場所で発射地点の向きと角度、それに後から聞こえて来た銃声で距離が掴めた。
俺は黙ってその場を離れ、最適な射撃場所を探す。
敵の狙撃手が男の子を撃ったことで、大まかな銃の種類は掴めた。
狙撃銃がM82でなかったことは直ぐに分かり、それは俺にとって幸いだった。
もしもM82の12.7mm弾で狙撃されれば、男の子の頭はスイカのように飛び散った事だろう。
通称バレットと呼ばれるこの銃の破壊力は凄まじく、薄いレンガなど簡単に貫通する威力を持っている。
こんな安普請な薄いコンクリート板で作られた建物の壁などは、まるでガラス板を割る様に簡単に貫通してしまう。
だから一旦発見されれば、遠距離からハチの巣にされてしまう。
柔らかい子供の頭を用意したことも、ヤザにしては冴えている。
7.62mmか5.56mmかも分かりやすかった。
戦場に於いて携行する弾数と、相手を殺すことよりも傷を負わせることで戦力を奪う目的で開発されたこの5.56mm弾は、損傷が少なく貫通力が高い。
もし5,56mmだったなら、柔らかい男の子の頭に当たっても、たいして血しぶきは飛ばなかっただろう。
しかし7.62mm弾だと、破壊力が大きいので頭蓋骨を貫通したついでに、脳みそをミキサーの様に拡販してしまう。
だからあの子は鼻孔から、まるで水道の蛇口を開けたように血を流していたのだ。
距離は約480m前後。
これは使用されたであろう銃が目標物に到達するまでの平均速度と、銃声が聞こえる迄の差を、今日の気温と湿度から計算した音速で弾き出した。
この前敵の装備はM82バレットだったが、今日は何故装備が違うのだろう?
広場の面積を考えれば1500m以上離れていても、即応部隊が到着するまで命令書の入った鞄を守り抜くことは出来るはず。
”目的は、鞄じゃない!”
これは狙撃兵を誘き出して殺すための罠だ。
1500mも離れると、鞄は守れるが、俺達民兵の位置は掴みにくくなる。
かと言って近付き過ぎると、狙撃兵の出番は少なくなる。
おそらく敵は広場に横たわる死体の持つ鞄を中心に、半径300~500の円を描いた扇状の範囲に敵は狙撃兵を配置しているに違いない。
距離300m以上では、普通の民兵が持つAK-47では歯が立たない。
そこで我々の主導部は狙撃兵を招集する。
狙撃兵が手にする狙撃銃はドラグノフの様に銃身が長いというのが特徴。
つまり射撃位置に着く以前でも銃身の長い銃を持っていれば、その兵士は狙撃兵として射殺すればいい。
つまり敵の狙撃兵に対応するために長い銃を持って動き回れば、幾重にも敷かれた敵の包囲網に引っかかり狙い撃ちされると言う手筈。
敵ながら、なかなか考えたもの。
つまり敵の目的は、グリムリーパーである俺の暗殺を狙っていると言う訳だ。
取り合えずドラグノフはヤザに預けたまま、俺はAK-47を持って最適な射撃位置を探した。
敵の正面に入ると、発見はしやすくなるが、敵からも発見されやすくなる。
多国籍軍の兵士たちは狙撃兵が単独で狙撃することはなく、たいていの場合、隣には双眼鏡を持った監視の兵が見張り死角をカバーする。
狙撃兵と監視役の兵は目標物に対して横に並ぶため、広い窓や開口物、塀などから射撃してくるはず。
広い屋外だと狙撃手と監視役の位置関係はまちまちだが、狭い室内で打つ場合は射撃後に排出される薬莢の向きは射手の右側だから、監視役は熱い薬莢が当たらない射手の左側に位置することが多い。
相手の射撃地点が、建物の窓だと想定した場合。
こちらの射撃位置は、正面から向かって右寄りに行けば敵の狙撃兵が物陰に隠れてしまうことを避けられる。
俺は、右手側の見通しの良い建物へと向かった。
幸いにも俺の見た目は、まだ子供だ。
まさか子供が狙撃兵だとは思うまい。
俺は侵入したアパートの部屋にあった本を破って、飛行機を折り、窓から飛ばした。
遊んでいる訳ではない。
いくら子供の姿と言っても、あからさまに探していると、怪しまれて撃たれる可能性だってある。
現に、敵は鞄を取ろうとした子供を撃っている。
紙飛行機を飛ばしながら、目標物を探す。
ここに着いたとき地面につけられた銃弾の痕跡から、敵の狙撃兵は少なくとも7人は居ただろうと思った。
しかし敵の7人の狙撃兵のうち、一番腕の立つ隊長があの子を射殺した事は間違いない。
なぜなら、あの子供を撃つ判断を出来る者は隊長を置いて他には居ないし、嫌な任務を引き受けるのも隊長の役目。
しかも、見事に子供のこめかみにヒットさせている。
「ローランド中尉!また子供が出てきましたぜ」
「ああ、確認している」
監視役のラルフ軍曹に言われるまでもなく、その少年の奇怪な行動は、彼が窓から顔を出したときから気になっていた。
だけど、何故それが気になるのかは俺自身分からなかった。
「撃つか?」と監視員のラルフに聞く。
「まさか、ただ窓から折り紙で作った飛行機を飛ばしているだけの、普通の子供じゃないか」
「普通の子供が、さっき迄銃声のしていた場所で、窓から顔を出して遊び出すのは変じゃないか?」
「違いない。だけど、一応本部には連絡しとこう。ハンス本部に“もう1人子供を撃つか”聞いてくれ」
ラルフは冗談交じりに笑ったが、俺は違う。
どういうわけか、無性に紙飛行機を飛ばす子供を撃ちたかった。
いや、撃たなければならない気がした。
所々破れて汚れているTシャツを着ているが、整った綺麗な顔をしている。
男の子か女の子かは分からないけれど、どちらにしてもかなりの美形。
それに透き通るように白い肌、銀髪にオッドアイという特徴が、まるで森に住む妖精のように神秘的にも見える。
この子が男の子であったとしても、傍に置いておきたいと思った。
この子には、薄汚れた服は相応しくない。
もしも女の子なら、純白のドレスを着させてみたい。
俺はロリコンではないけれど、何故だか無性にこの子が欲しくて、そして殺したかった。
本命以外の、敵の狙撃兵は直ぐに見つけた。
だけど、さっき子供を撃った奴は角度も方角分かっていると言うのに、ナカナカ見つけられない。
ひょっとしたら敵の隊長は、もう俺の正体に気が付いているかも知れない。
探すのはスコープと双眼鏡。
何度も色々な方向に紙飛行機を飛ばして、丁度紙飛行機が左に旋回した時に光の反射を感じた。
スコープの反射だ。
“やはり俺を見ていた”
こちらの声が離れた敵に聞こえないのをいいことに家族に呼ばれた子供を演じて窓から離れ、ふたつ上の階に押し入り、クローゼットのカーテンの奥に隠れポケットからスコープを取り出して覗く。
狙撃兵と監視員、それに通信兵の3人ペア。
奴の銃はSR-25。
この銃の特徴は、ライフリングが5条と、他の7.62mm弾を使う銃に比べて1条多い。
仕様銃弾とバレルの長さが同じでライフリングの条数が多ければ、バレル内での回転抵抗により有効射程距離が短くなる欠点はあるものの、市街戦などで実用性の高い400~500m付近での射撃制度は格段に向上する。
同じ発想の狙撃銃としては、SR-25とは逆にライフリングを1条減らして発射時にバレルに掛かる反動を軽減したFR F2がある。
つまり、僅かな隙間に隠れていても決して逃さないと言う訳か……。
持って来たAK-47にスコープを装着しようとして止めた。
こちらの狙撃手を既に17人も倒している相手なら、18人目の警戒も怠ってはいまい。
スコープを使うと、相手がよく見える代わりに、俺がレンズの反射に気が付いたように相手側からも発見しやすくなる。
俺はスコープを床に置き、吊ってある黒い服のボタンを閉めて、そこからAK-47の銃口を突き出した。
あの子が後ろを向いた。
部屋の中に居るお母さんに呼ばれているらしい。
窓から遠ざかろうとする子供。
“行くな!”
去ろうとする子供の後ろ姿をスコープで捕らえたまま、トリッガーに掛けた指に力が入る。
しかし、それを引くことは出来なかった。
子供を撃つことを躊躇ったのではない。
寧ろ、撃たなければならないと本気で思っていた。
だけど、俺は撃てなかった。
撃てなかったのは、子供の後ろ姿が俺を睨んでいたから。
それは、眼にも見えず、見た事も無い得体の知れないもの。
それがトリガーに掛けた俺の指先を睨んでいた。
“お前は……”
“私の名は死神。ローランド、君たちを迎えに来た”
弾丸の回転ズレを予測して、照準位置を少し斜め右上にずらす。
敵は、のんきにガムを噛んでいやがるのか顎が頻繁に動いている。
そして俺は、その狙撃手に向けて、ゆっくりとトリガーを引く。
興奮もしなければ、汗もかかない。
トリガーに指を掛け、ゆっくりとそれを引く。
「撃つ!」
「撃つって?!」
「あの子供を撃つ」
そうだ!
そうに、違いない。
あの子こそ、俺たちが捜していたグリムリーパーに違いない。
「おい、気でも狂ったか! 相手はただの子供だぜ」
ラルフが俺を止めようとするが、もう構っちゃいられない。
奴は、きっと場所を変えて俺たちを撃つ準備に取り掛かっているに違いない。
奴が撃つ前に、奴を撃たなければ、俺は殺されてしまう。
家の中に入ったわけではなく、きっと場所を掛けて俺たちを狙っているに違いない。
俺は慌てて付近の窓や隙間を調べ、そして、ついに見つけた。
開かれた薄暗いクローゼットの奥。
そこに掛かっている黒い服から、のぞいている黒い金属製の照準器。
“スコープを使わないのか?!”
そう思った瞬間、シュッっと言う鋭く無機質な風切り音が聞こえたと思う間もなく、周りの全てがぼやけて来る。
やけに首筋が熱いのは、今日の天気のせいじゃない。
いままで明るかった景色が、一瞬にして夜の闇に替わる。
闇の中でラルフが何かを叫んでいたが、その声はもう俺には届かない。
撃ち出された弾は、狙撃手の首筋に当たり、おびただしい血しぶきが上がった。
少し横方向にズレたぶん修正し直して、もう一度狙いを定める。
監視員が身を伏せて通信兵に何か指示を出している。
ようやく事の重大さに気が付いたのだろう。
だが、もう遅い。
今度は、その監視員のヘルメットに照準を合わせて、2射目を撃つとヘルメットの後頭部に穴が開き、兵士が倒れるのが見えた。
3射目は逃げようとする通信兵。
これは、背中に当たったものの、その命を奪うことは出来なかった。
まあいい。
所詮、通信兵。
狙撃は出来まい。
アパートの住人は、いきなり銃を持って入って来た俺が発砲したことに、怯えていた。
どうせ俺は嫌われ者。
怯えられた駄賃として、その家の食パンを頬張りながら、もう一度クローゼットに戻りスコープで通信兵が出てきていないか探る。
それにしても、この水気の無い食パンは喉に突き刺さる。
アパートの女の子が、クローゼットの中で監視する俺にミルクを持って来た。
水で薄めたヤツだ。
それでもカサカサの喉には有難かった。
女の子は、俺より背が高く大人びて見える。
幾つだと聞くと、13歳だと答えたあと「あんたは?」と聞いてきた。
同じ歳の女が、俺より大きい事にショックを受けて、何も答えずにいた。
返事を返さない俺に構わず、女の子は話を続けた。
お喋りな、女だった。
だけど俺は無性に、むしゃくしゃして、民兵の大人が良くそうするように乱暴にその女を押し倒し、その唇を奪った。
そして衣服を剥ぎ取ろうと手を掛けたとき、甲高い死の雄叫びが空から近づいて来ていることに気が付く。
“ヤバイ! 長居し過ぎた!”
殺し損ねたあの通信兵が、俺の居場所を基地の砲兵に連絡したに違いない。
ガラガラと崩れ落ちる天井と壁、それに床。
ただの通信兵じゃない。
俺の正確な位置に加えて、僅かな風や空気の密度も計算に入れた座標を的確に指示しない限りこうはいかない。
まるで狙撃兵!
初弾から命中されては、逃げる暇もない。
崩れる瓦礫と共に部屋から放り出され、瓦礫が敷き詰められた寝床に叩きつけられる。
痛いかどうかも、分からない。
気が付くと目の前には、さっきの女の子が目を開けたまま横たわり俺を見つめていた。
横になる女の目に瓦礫の埃が溜まって行くが、もう女は瞬きをしないし、お喋りもしない。
そして、俺の記憶もそこで止まる。