敵との接触①
キブドの街は、首都ボコタやメデジンに比べると、貧しい街であることは直ぐに分かる。
この街に入る直前まで道は狭く未舗装だったし、標高差もあるが(ボコタは標高2600m、メデジンは標高1500mにあり、キブドは標高60mにある)住民の服装にパリッとした感じがない。
また人種的にもボコタやメデジンにはヨーロッパ系の白人が多くいたが、この街ではインディヘナやアフリカ系が多い。
俺たちが船着き場付近に着いてからしばらくすると、近くでテントの設営が始まった。
観光客や集まった人たち向けのスナックかジュースの販売所のようだが、明らかに普通の商人ではなく、目が周囲を警戒しているのが分かる。
おそらく彼らは敵の一味に間違いない。
テントの設営目的は、身体検査と面接か……。
案の定30分程経ってテントの設営が終わると、東亜東洋商事の社員であることを聞かれ、そうであると答えるとテントの中に入るように指示された。
「やるか?」
トーニが目で俺に敵を倒すか聞いて来たが「まだだ」と答え、テントの中に入る。
テントの中に入ると設営していた他にも人が集まっていて、合計6人の男たちが居た。
男たちは皆一様に痩せていた。
トーニの言う通りこの男たちを倒すのは簡単だが、こいつらを倒して尋問したところで何も有益な情報は手に入らないだろう。
逆に俺たちを敵に危険な人間だと言う事を教えてしまう事になり、交渉は打ち切られてしまい捕らえられているクラウチ社長の命も危うくなる。
テントの中に入ると、長い柄の先に鉄製の平たい円筒状のものが付いたもので体を隅々までなぞられた。
いわゆる金属探知機。
銃やナイフを所持していれば、巧妙に隠していようとも直ぐに分かってしまう。
武器を車に隠してきた俺たちだが、携帯は持っていたのでそれが金属探知機に引っかかり没収され、代わりに違う携帯を1つ渡された。
おそらく連絡手段を断つために、携帯電話は初めから取り上げる手筈だったのだろう。
その他に現金ごと財布も取られたが、おそらくこれは上からの指示ではあるまい。
身分証明書や運転免許所をチェックされたが、特に問題なく返された。
マルタ以外、俺達の身分証明書や運転免許所は全て偽造。
パスポートや大使館から発行されたアグレマンの証明書などはニルスに預けたまま。
全てのチェックは10分ほどで終わったが、そこから30分程俺たちはテントの中央で立たされたままだった。
暑さと長いドライブの疲れで俺が貧血で倒れると、トーニが庇ってくれた。
俺が倒れた事で、マルタも気が抜けたのか続く様にその場に座り込んでしまった。
周りを囲んだ男たちが怒って「立て!立て!」と騒ぎ始めたので、サオリがマルタの体を抱きかかえて立たせたが、俺はトーニに介抱されても立つ事は出来ずに逆に胃液が上がって来てその場に吐いてしまった。
狭いテントに胃液独特の嫌な臭いが充満する。
外からの目隠しのためにテントの四方を閉ざしていた布を、慌てて捲り上げる。
俺たちを拘束している事が地元の警察に通報されると困るので、体裁を整えるために奴らが使っていた椅子が俺たちにあてがわれた。
密閉された空間感から解放され、僅かながら風にあたる事が出来て少し心地いい。
その間もトーニが心配して何度も大丈夫かと励ましてくれるばかりか、なんと奴らからノートサイズの板切れを取り上げて、団扇として扇いでくれている。
「俺は大丈夫だから、マルタを……」
「馬鹿野郎、痩せ我慢するな!ぶっ倒れただけじゃなく胃液迄吐いたんだ。今は人の事は心配しねえで自分の事を心配しろ!」
トーニは俺を叱りつけ、返す刀で奴らからもう1枚板切れをせしめると、それをサオリに渡した。
“やるな、この男”
結局1時間近く待たされた頃に電話が1本入り、俺たちの拘束は解かれることになった。
条件として今夜のホテルの予約表を渡され、奴らから与えられた携帯に電話が掛かったら直ぐに出るようにと、他所に連絡を取ってはいけない事を伝えられようやく釈放された。
「大丈夫かナトー、俺の肩に掴まれ」
「ああ、ありがとう」
俺は素直にトーニの言うことを聞くばかりか、言葉に甘える様に胸を押し付け体を預けてみたが、トーニときたらいつもと違ってまるで動じる素振りもなく「大丈夫だ、俺が付いている」と相変わらず俺の体を気遣ってくれている。
少し拍子抜けだけど、でもこっちの方が幸せな気持ちがして、心をチクチクと突き刺してきて痛痒い。
更にトーニの背中に体を預けて、このまま寝ちゃいそう。
「もー!何コレ~……」
一早く車に戻ったサオリの不機嫌そうな叫び声がして、緩んでいた気持ちを緊迫モードに戻す。
「どうした!?」
「だって、これ」
車のドアを開けてサオリが指差した先には、天井やドアに付けられた内装が全て剥がされた悲惨な姿の車があった。




