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フルメタル  作者: 湖灯
敵は麻薬組織とPOC

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382/700

作戦開始②

 車を本社工場の正面玄関に着けると、直ぐに玄関から数人の幹部らしき人たちが出迎えてくれた。

「カシワギ様、さあ中へどうぞ」

「マルタお嬢様、このたびは大変な所をワザワザすみません」

「こちらの方は?」

 俺に気が付いた幹部の1人が、驚く様にサオリに聞く。

 無理もない。

 成人男子の平均身長が170.6㎝のコロンビアで、俺の身長は176㎝もあり、そのうえハイヒールを履いているから見た目の身長は180㎝を越えている。

「我が東亜東洋商事の特殊秘書官です」

「特殊秘書官?ま、まさか奴らと戦うのですか!?」

 驚いた幹部の人にサオリは微笑みを見せて

「戦闘員ではありません、“ならず者”との交渉事に専門の知識を持ち、対応する社員です」

「見た所、日本人には見えませんが……」

「有能であれば国籍は問いません。グローバル化を目指すなら、社員もグローバルでないと」

「エリザベスと申します。宜しくお願いいたします」

 俺はスーツのポケットに入っていた名刺入れから、名刺を取り出して挨拶をした。

 偽名を使うものだと思って覚悟していたが、まさか俺のクリスチャンネームを使うとは……。

「よう。俺はどうすれば良いんだ?」

 車の中からトーニが声を掛けると若い社員が飛んで行き、車を来客者用の駐車スペースに停める事と、一旦応接室で待ってもらう様に伝えていた。


 会議室に通され、これからの対応を協議したが、結局犯人側から連絡がない以上話が何も進まない事だけが分かる。

 決まった事は、犯人側からの人質交換の要求があった場合、東亜東洋商事が責任をもってその仲介役を務めると言う事だけ。

 クラウチ紡績社内からも有志を募って対応すると言う申し出があったが、警察に見放された以上、工場勤務の従業員よりも重要な取引で世界を飛び回る商事会社の社長秘書であるサオリや“ならず者”との交渉事に専門の知識を持つ俺の方が上手に対応できるため、そう決まった。

 どのみち人質交換以外に無理難題な条件を付けられたとしても、それに対して即答できる者は個人経営の会社ではない以上誰も居ないから、無理に社員である必要は無い。

 アメリカの軍事会社に依頼しようと言う意見も出たが、どの程度信頼できるものなのかや、武器の所持がバレた時点で全てが終わってしまう可能性が高いので却下された。

 もちろんサオリがSISCONの幹部で、俺とトーニがフランス外人部隊LéMATの隊員であることは誰も知らない。

 長い会議が終わり、一旦応接間に行くと、そこに居るはずのトーニが居ない。

 “トイレか……”

 しかし5分待っても10分待っても、トーニは戻って来ない。

 “もしかして、社内の内通者に拘束されたのか……”

 最悪の事態を考えて緊張する俺とは別に、サオリは平気な顔で出された珈琲を飲みながら、逆に楽しそうにしているようにも見える。

 マルタは別の意味で緊張しっぱなし。

 息を殺して耳を澄ませていると、遠くでトーニの叫び声が聞こえた気がした。

「様子を見て来る」

「放って置いても、そのうち戻って来るわよ。心配性ね」

 会話は盗聴されているかも分からないので、余計な事は言わずに部屋を出た。

 声のしたのは廊下を奥に進んだ方。

 足音をなるべくさせないようにヒールを床に着けないで早歩きで向かっていると、女性のキャーと言う悲鳴が聞こえ慌てて走った。

「Oh Dios mío!(何てこと!)」

 “トーニの身に何かあったのか!?”

 声の聞こえた部屋に飛び込むと、胸にナイフを刺されたトーニが仰向けに倒れていた。

 白い服は真っ赤……だが、その色の正体は赤色のスカーフ。

「何をしている……」

「よう。ナ、エリザベス、暇だからマジックを披露していたんだ」

 ナトーと言いかけて、エリザネスとチャンと言えたのは良いが、なんでこんな所でマジック?そもそも、この陳腐なマジシャンセットは何所から持って来たんだ?

 結局、インチキマジックのセットはキャスから渡されたものだった。

 トーニは俺たちが長い会議に出ている間、暇を持て余してそれを器用に使って従業員たちを喜ばせていただけ。

 知らない俺は、トーニがワザと叫んでみせた悲鳴に、まんまと騙された。

「よう……驚かす気はなかったんだよ。ただ暇だったから……」

 スタスタと無言のまま廊下を大股で歩く俺の顔色を窺う様に、トーニが付きまとう。

 まるでハエの様にウザい!

 心配した俺が馬鹿みたい。

 サオリの言った通り、放っておけば良かった。

「休憩室で聞いていたら、皆クラウチ社長が誘拐されて心配で気持ちが塞いでいたから、喜ばそうと思って……善意なんだ、分かってくれよ。俺だって何か役に立ちたいと思ってよう」

「コロンビア美人をお相手に、良い善意を披露出来て良かったな」

 立ち止まってトーニを責める様に言ってしまったが、言葉の頭に自分でも思ってもいなかかった一言が余分についてしまった。

「確かに俺は女好きだけど、規則があるからナトーを女扱いなんて出来ないだろう?少しくらい分かってくれよ、この俺の切ない気持ちってやつを……」

 怒っている俺の眼差しを真直ぐに見返すトーニ目は、まるで純真な少年の目。

 その目をしてそんな事を言われると、凍てついた怒りの結晶を溶かすように湧いて出て来る暖かさを止めようとしても止めらえない。

 見る見るうちに、怒っている態度を維持するのが難しくなって行く。

「なあ、機嫌を直してくれよ。いまのは、全部俺が悪い。謝るからさあ、ゴメン。イヤ御免なさい」

 もう怒っては居ない。

 寧ろ、その逆。

 トーニの事が心配で、居ても経っても居られなくて応接室を飛び出して、何事もなくいつも通りのトーニが女の子たちを笑わせていた事でホッとした。

 だけどケジメも必要だ。

「言い訳は見苦しいぞ!」

 俺は俺の心とは真逆に、無理に突き放して言い、そのまま元のペースで廊下を大股に歩き出した」

「確かに、言訳は見苦しいな。……それにしても、ここの青空は凄いな。まるでアペニン山脈から見る空の様に清々しいぜ」

 ガラス張りの通路の片側から、真っ青に高く広がる空が見えている。

 言葉に釣られて目を窓の外に向けて、空を見上げた。

 確かにイタリア半島を縦貫するアペニン山脈から見る空の景色は最高なのだろう。

 でも、トーニが伝えてくれたのは、その事ではない。

 トーニが俺に伝えてくれたのは、“もう、無理して怒った態度をとる必要は無い”と言う事。

 こいつは俺の気分をハラハラさせておきながら、怒った俺の気持ちを上手に癒し、素直になれる様に導いてくれる。

「そうだな、まだ行ったことは無いけれど、屹度綺麗な所なんだろうな」

「あたりめーよ。グラン・サッソからは青い空も格別だが、イタリア半島の東と西に広がる地中海までも一望できるぜ!」

「行ったことが、有るのか?」

「いや、ねえ。いまのは、俺の想像だ」

「見えるといいな」

 思わず吹き出して笑うと、トーニもすごく喜んでくれた。


「ただいま」

 応接室の扉を開けて中に入ると、サオリに満面の笑顔を向けられて戸惑う。

「大変ね。トーニ君の御守りも」

「すまねえ。勝手に抜け出してしまって」

 トーニが頭を掻いて詫びる。

 しかし、御守りされているのは屹度逆。

 俺はトーニの大きな包容力と言う籠の中で大切に守られているに違いない。

「ところでエリザベスさんは御幾つなんですか?」

 マルタに聞かれて、自己紹介すらしていなかったことに気が付く。

「二十歳です」

「まあ!」

 年齢を言って驚かれた意味が分からないでいると、同じ年齢と言う事で驚いたと言う事だった。

 でも、同じ歳で、そんなに驚くのだろうか?

「何故驚いたのです?普通は喜ぶのではないですか?」

 素直に聞いてみた。

「だって、仕事になると物凄く大人びて見えるのに、トーニさんと一緒に居るとまるでティーンエージャーの様に見えるのですもの。それに……」

「それに?」

「まるで宝塚の男役トップスターみたいなんですもの」

 マルタの顔がポッと少し高揚する。

「たしかに……」と、サオリも俺の顔を覗き込むが、俺はその宝塚と言うものを見た事がない。

「マルタは、宝塚に行ったことが有るの?」

「うん。お爺さんの実家が兵庫県の芦屋にあるから、たまに日本に行くよ」

 成る程、それで分かった。

 会社に着いた時に看板に「Kurauchi」と書かれていて不思議に思っていた。

 普通なら英語表記で「Crouch」、スペイン語表記でも「Clouch」のはず。

 つまりクラウチ紡績とは、日系人移民のマリアのお爺さんが創設した企業なのだ。

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