トーニの奮戦!
距離450から、正確に兵の右肩を射抜き、無線機迄壊してしまう。
M-82などの長射程の狙撃銃なら出来る奴はいくらでもいるが、俺の耳に届いたのはM-16の銃声だけ。
M-16は確かに狙撃にも使える優秀な銃だが、そんな狙撃手は今まで見た事も無い。
いや、一人だけ知っている。
ナトーだ。
しかしナトーは、間違いなく俺がこの手で消し去った。
その証拠に映像も記録されている。
「前線に出る!補給は任せた」
俺はM-82を手に取り前線に向かった。
今迄動かなかった敵が動き出した。
ゆっくりだが、ほふく前進して距離を詰めて来る。
近づいてくるからなのか、両翼も広くなったように見える。
回り込まれたらお終いだ。
だから両翼の端に入る奴を優先的に狙う。
ドンッ!という物凄い音と共に一瞬ヘリが揺れた気がした。
見るとキャビンのドアの上の方が鋭角に突起していた。
“12.7mm弾”
M-82だ。
ナトーを殺した奴。
仇は俺が取って見せる。
“どこだ?!”
防弾ガラス越しにM-82を探す。
“居た!”
発見すると同時に、マズルフラッシュが見えた。
“光の速度は1秒間に約30万km、銃弾の速度は1秒間に800~1000m、音の速度は1秒間に310~340m。だからマズルフラッシュが確認して直ぐに避ければ狙撃から逃れる事が出来る”
ナトーの言葉が一瞬頭の中を光線のように過り咄嗟に身を伏せると、ホンの一瞬あとでビシッという音と共に防弾ガラスの破片が飛び散り俺の背中に堕ちて来た。
「ひぇ~危ねえ、危ねえ」
ナトーが教えてくれたことを咄嗟に思い出さなかったら、俺はこの銃弾の餌食になっていたところだ。
M-82には敵わねえ。
敵の狙撃兵にも。
だがマズルフラッシュが見えた事で、奴の居場所は分かった。
奴の居場所は列の後方。
つまり、前にいる奴らが邪魔してヘリの下側は撃てねえ。
俺はキャビンのドアを少しだけ開けて、その後ろのシートの上に鉄パイプ置いて外に出た。
そこから掘っていた穴を使ってヘリの下に潜り込む。
視界は悪いがM-82を避けるためには仕方がねえ。
ここから素人相手に少し遊ばせてもらいながら、狙撃手を誘い出し、仕留める。
両翼の守りは“仕掛け”に任せ、正面の敵に集中した。
「両翼を散開させて包み込め!敵はたった1人だ、3方向には対処できない」
奴はまだ撃って来る。
仕損じたのか?
まさか……。
銃弾を避けるなどと言った事は、映画の中でしか見たことは無い。
“奴は超人なのか?”
兎に角、奴が撃ち続ける限り負傷者が増えるばかり。
いっその事、殺してくれれば良い物を、奴がそうしないばかりに呻き声ばかり増えて士気が下がり戦闘の邪魔になっている。
「前に行く!」
「しかし、危険です」
「早く奴を仕留めなければ戦線が維持できなくなる」
これ以上、士気が下がると大変な事に成り兼ねない。
そうならないために、早めに手を打つ。
まだ充分、立て直すことは出来る。
「いいか、俺が敵の狙撃手を引き付けておくから、俺の発砲と同時に両翼、正面の3方向から突撃を開始しろ!」
各班の班長を呼び、そう伝えた。
俺が自ら敵の狙撃手を引き付けると言う事と、その俺が既に先程伝説の狙撃手グリムリーパーを倒したと言う噂が彼等の士気を一層高めた。
「敵の狙撃手は、どの辺りから撃っている?」
「さあ、それが、先程指令がガラス越しに奴を撃ってからは銃を引っ込めたままで確認が出来ていません」
さすがだ。
腕はナトーよりも劣るのは確かだが、無線機を破壊した事や俺の銃弾を避けた事など、侮れないヤツだ。
だが、狙撃手としては未熟。
本物の狙撃手になる前に、俺が始末してやる。
「いた!」
最前部まで進んで、ようやく見つけ出す事に成功した。
凝ったトラップだが、それを見つけ出せない俺ではない。
奴が来た。
俺の正面にM-82を置いたが、見えるのは銃だけ。
先に発見したと思ったのに、ジラセやがる。
隣には観測員らしい奴が居て、M-82を持っているはずの奴に、しきりに何か話し掛けている。
双眼鏡を無くしたのか、慣れない手つきでM-16に装着したスコープを覗いている。
見るのに精一杯で、上半身迄丸見え。
余りにも隙だらけなので、こいつから先に仕留めようかと思ったが、そうすると後手に回ってしまうから止めた。
一撃秘中の狙撃同士の戦いでは、後手に回った方が負ける。
負けは即ち死を意味する。
M-82に微かに動いたかと思うと、ヘルメットが見え、そしてスコープと目が合った。
一瞬心臓がドキンと大きく鳴る。
俺の位置と、キャビンの床に仕掛けたトラップとの距離は僅か1m足らず。
奴が、どちらに照準を合わせようとしているのか分からねえ。
だが俺の勝ちは決まったようなものだ。
奴がまだスコープの調整をしているというのに、俺の方は既に撃てる体勢に入っている。
“ナトー、仇は取ったぜ!”
ゆっくりとトリガーを絞り込む。
カチンッとハンマーが解放されたとき、俺は自分自身の間違いにようやく気が付く。
“罠だ!”
M-82の射手は狙撃兵じゃねえ!
本当の狙撃兵は、観測員だと思っていた男。
その証拠に発射したマズルフラッシュに気が付いて、銃を俺に向けた。
よくよく考えてみりゃあ、キャビンのドアは開けられているのだから、この距離でM-82を使う意味がねえ。
奴のM-16の先端から光が見えた。
“やべえ!”
M-16の初速は975m/秒、M-82の853m/秒よりも、コンマ1秒も早い。
そして距離は、さっきガラス越しに撃たれたときよりも50m程縮まって400m。
M-16の有効射程距離は500mだから、間違いなく弾は真直ぐにここに飛んでくる。
更に俺は、今度は狭い所に体を突っ込んでいて、咄嗟に身動きが取れない。
“ナトーすまねえ!仇を取る事は出来なかった。許してくれ!”
銃声と共に大きな歓声が轟く。
“俺は死ぬ”
だけど、決して悲しくはなかった。
ナトーの仇を取れなかったのは正直悔しいが、ナトーを狙撃したほどの腕の持ち主と、日頃から訓練をサボっていた俺が対等に戦えるはずはねえ。
そのくらいは俺だってチャンと分かっている。
敵の狙撃手が俺の仕掛けた罠に対して、逆に罠を仕掛けてきたのも、それに俺が簡単に引っかかってしまったのも全ては実力の差だ。
でも、もうイイ。
全て終わった事だ。
今迄いろんな女を好きになった。
俺は気が多いのだと思っていたが、ナトーと出会ってからというもの、他の女が左程気にならなくなった。
俺の見立てではナトーはハンス隊長に気が有るみてえだけど、そんなこたあ構わねえ。
正直ナトーが居てくれるだけで、俺は充分。
下手に告白して、居辛くなんてなりたくねえし、ナトーを困らせたくもねえ。
ナトーの幸せのためなら、俺は一生独身でも構わねえ。
それが、どうだ。
この情けないイタリアのスケベ野郎が、なんとナトーと同じ日に死ねるとは。
もしも、天国と言うものが有るのなら、先に登って行くナトーを全力で追いかけて手を繋いで一緒に登ろう!
ハンス隊長は強いから、ナカナカ天国には登って来ねえから、当分ナトーは俺様が独り占めできる。
そうだ!ミヤンを呼んでやろう。
バラクも。
ハイファと言う義理のお母さんも呼んで、それからナトーの本当の両親を探そう。
探し出せたら皆で天国の宮殿でお祝いしよう。
盛大な花火を上げて……。




