麓からやって来た宝物②
「いようナトー!偶然だな、お前もハイキングか?」
「やっと気が付いたか」
近くまで来たトーニが顔を上に上げ、俺の名前を呼んだ。
「やっと気づいた?何言っていやがる、俺はとっくに気が付いていたぜ」
「いつから?」
「お前が今朝、この上にあるアジトに戻る前に、真っ赤に燃える朝日を見た時からな」
心臓がトクンと鳴った。
確かに俺はアジトに戻る前に、登って来る真っ赤な太陽を見た。
一体それを、何故トーニが知っているのだ?
「さっ行きましょう」
トーニの話は、エマとレイラにとっては何も響かない。
だが俺にとっては違う。
日頃冗談ばかり言っているくせに、こいつは心底俺のことを考えてくれているのだ。
なんとなく、そんな風に思った。
「貸せ。重いだろう」
「重くなんかねえ。こんなのは訓練で慣れている」
訓練で慣れていると言ったって、その訓練でいつも一番最後に、しかもくたばりそうになりながらやって来るくせに、やせ我慢して荷物を俺に預けない。
「謹慎で足腰がなまっている。このままテシューブみたいにブヨブヨにはなりたく無い。だから替われ」
「仕方ねえ野郎だな、じゃあチョットだけだぞ」
トーニの降ろしたリュックに手を掛けて驚いた。
そのリュックは訓練の時より重い。
軽く80㎏はある。
おそらく中身の殆どは弾薬だろう。
つまり俺が車に置き去りにしてきた弾薬を、全部詰めて来たに違いない。
何のために?それは敵の手に再び渡らないために。
その上トーニは何故かM-16を2丁持っている。
1丁はグレネードランチャ付き。
ポケットはグレネード弾でパンパンに膨らんでいる。
「銃と担架は貸さねえぜ。これは俺様の係りだ」
「ああ、じゃあエマたちに追いつく様に行くぞ」
「追い付くだと?なめんじゃねえぞナトー。追い抜くに決まってるだろ!ダイエットじゃねえ、訓練だと思って行くぜ!」
「OK!」
2㎞の岩場を皆で競争するように上った。
「ただいま」
入り口で見守ってくれていたヤザに声を掛けて、中に飛び込んでからリュックを降ろして中を見ると、思った通り弾の詰まったマガジンがギッシリ入っていた。
続いてエマが入って来て、リュックを受け取ると、こっちに様々な缶詰が一杯詰まっていた。
これも軽く60㎏くらいはある。
次に登って来るのはレイラ。
振り返る時入り口に居たはずのヤザが居ないことに気が付いたが、外を見るとヤザは洞窟の外に出てレイラの肩から重いリュックを取り上げていた。
“このエロおやじ!”
何となく無性に妬ける。
レイラのリュックにはペットボトルに入った水や食料が沢山詰め込まれていた。
しかもリュック以外の服のポケットにも。
武器、食料、水。
これだけあれば、ここから脱出できる……あれ?担架が無い。
入り口から覗くと、担架と2丁の銃を背負ったトーニが、四つ足でゼエゼエ呼吸を荒げながら這うようなスピードで登って来るのが見えた。
無理もない、ここまで6時間余りもこんなに重い荷物を背負って登って来たのだ。
急に軽くなったって、そんなに体力も余っていなかったのだろう。
俺は洞窟から飛び出して、トーニの肩を掴んで一緒に登った。
「面目ねぇ……」
「ん? 俺に負傷兵の救出訓練もしておけと言わなかったか?」
「言ったかもしれねえな」
そう言ってトーニは笑った。
言葉には出さなかったが、トーニがへばったのは ”訓練”と思ってやったこと。
やはり、ベストを出すのであれば ”実戦”のつもりでないと駄目。
だけど最初にトーニが言った時から、彼にはもうスタミナが残っていない事は分かっていた。
きっと俺の事を心配して、ろくに寝れていないのだろう。
そう思ってくれているだけで嬉しい。
洞窟に入ると、直ぐにトーニは伸びてしまったので、寝ているトーニの顔を綺麗に拭いてやり頭に冷えたタオルを乗せてやった。
こういう風に黙っているところを近くで見ると、イタリア人だけあって、意外に美形。
「イイの?」
見ていたエマが俺に言う。
「何が?」
「浮気?」
「バカ!」
俺を揶揄ったエマが元気な声で笑った。
エマが奥に進もうとしたので少し止め、リズが居る事を教えた。
「えっ、もうリズが来ているんだ」
「知っているのか?」
「なにを?」
「リズが、ここに居る理由」
「ナトちゃんを助けに来た……ち、違うの??」
エマは不思議そうに背を丸めて上目遣いで俺の顔を覗いた。
「リズは敵だ。俺たちの命を狙いに来た」
「俺たちの命……?それに敵って何?ザリバン?アメリカ軍??」
「なあ、エマ。POCって聞いた事が有るか?」
「PoCなら知っているけれどPOCは聞いた事ないわ。いったい何なの?」
「正式名称はFor the Peace of children's」
「子供たちの平和のために……?、児童養護団体か何か?」
「いや、偽の平和団体だ。裏で武器を売っている」
「まあ!武器商人が平和団体を名乗るなんて、とんでもないわ!――でも、それって、まさか」
「そう。そのまさか。パリで俺たちが壊し物こそ、そのPOCのフランス支部」
「じゃあ、その後、私たちに降りかかって来た悪夢も」
「おそらくPOCが、国の誰かに手を回したことは間違いない」
「でもチョット待って、たかが武器商人の偽平和団体よ。そこまでの政治力があるとは思えないわ」
「その武器商人には強力な後ろ盾が居る。名前をよく見てみるんだな」
「名前……、あっ!」
「政治力などいらない。奴らの常套手段は金だ。従わなければ、石油危機やリーマンショックなども簡単に起こす事が出来る」
「それに武器商人を操る事で、いつどこで、どんな規模の戦争が起こると言う事が予見できたとしたら、投資の撤退や新たな投資のための根回しもスムーズに出来るって事ね。武器商人の売り上げなどとは桁が遥かに違って来るわ」
話を聞いていたレイラが言った。
レイラの故郷リビアは隣国チュニジアで始まった民衆による民主化運動『ジャスミン革命』から始まり他のアラブ諸国へ波及した『アラブの春』によって既存勢力が倒された。
民衆による反政府デモがいかに強力であろうとも、そこに武器が無ければただ鎮圧されるだけだと言う事は1989年中国で起きた『天安門事件』や2019年に起きた香港での民主化デモによる暴動で分かる通りだ。
「つまり、アラブの春は民衆による民主化運動ではなかった。ということ?」
「そうね。最初の志はそうだったかも知れないけれど、そこに大量の武器が入る事で秩序や理念が崩壊してしまったようね」
「POCの狙い通りに、戦争が起こったと言うわけだ」
「でも何でリズが居るの?彼女の本当の目的は香港じゃないの?」
「……」
本人から直接聞いたわけではないから答えなかったが、聡明なリズが簡単にスカウトの口車に乗せられてPOCに入ったとは考えたくはなかった。
彼女はひょっとしたら、もっと大きな夢のためにPOCを逆に利用しようとしているのではないのだろうか。
いま彼女がしているのは、その下準備。
その日のために、より確固たる自分の地位を高く築くことにある。
「あらリズ珍しい所で会ったわね」
「お互い様ね」
「DGSIは辞めたの?」
「見れば分かるでしょ」
「でも、届け出は“1年間の求職願い”に、なっていたわ」
「その方が、情報を得る時に都合がいいからよ」
エマとリズの会話を聞いていて、今の言葉が嘘だと言う事は直ぐに分かった。
DGSI(国内治安総局)の仕事は、国内での治安維持のための情報で、主にテロやサイバー犯罪などに対抗する業務および防諜を担当する情報機関。
世界の情報を見るなら、エマとレイラの所属するDGSE(対外治安総局)の方が良いに決まっている……もしかしてエマたちの解雇や俺たちLéMAT第4班の解散と言うのは、係り合いを断ち切って、俺たちに迷惑を掛けないためなのか。
ふと、そう思った。
「良かったわね、アサムを騙し討ちにしたにもかかわらず、ナトちゃんのおかげでジュネーヴ条約に則った捕虜としての扱いが受けられて」
「私は、アサムを騙し討ちになどしていない」
「どうだか……」
「この女は実行犯の中には居なかった」
見張りを終えたヤザが戻って来て言った。
そう言えば、ヤザはアサムが撃たれた後、武器商人の中国人女性にアメリカ大陸でのテロを吹き込まれている。
「この女は悪い武器商人だが、俺たちを救ってくれた」
「救ってくれた?」
「逃げる俺たちをバンで拾ってくれた」
「都合が良すぎるとは思わなかったのか?」
「思わない」
「何故?」
「彼女は、アサム様の応急処置をして、ここまで来たのだから。ここが安全である以上、彼女は信用できる」
“ここに来ている”
初耳だった。




