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フルメタル  作者: 湖灯
レッド・サン

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テロ②

「やめろ!ヤザ、お前たちは利用されているだけだ!」

「分っている、そんなこと。だが俺たちに協力してくれるのは、今では彼等だけだ。中国は自国内でのイスラム教徒弾圧による、俺たちの報復を恐れて早くから縁を切って来た。ロシアもグルジアやベラルーシなど周辺諸国の民兵テロ組織を支援するのに忙しくて、もう俺たちどころではなくなってしまった」

 ヤザは洞窟の広い場所にある焚火の傍に腰を降ろすと、腕組みをして目を瞑った。

 埃だらけの衣服の数カ所は破れていて、血の滲んだ跡もある。

 考え事をしている様子だが、座ったのは、おそらく疲れているからだろう。

「ちゃんと食べているのか?」

「ああ、お前たちが使うレーションと呼ばれる弁当の様に豪華ではないが、俺たちは俺たちなりに干し肉を携帯している……」

 嘘だ。

 見張りたちや、怪我をしているアサムと比べて、ヤザの皮膚はカラカラに乾いていて艶がない。

 確かに干し肉は持っていただろうが、ヤザはそれを口には入れずに、自分の持っていた分の全てをアサムと仲間に分け与えているはずだ。

 座った時、リュックを背負ったままだと言う事に気が付いた。

 バイクを運転する俺のリュックには重い医療品は入れずに、サオリがベーカリーで購入したパンが入っていたので取り出して俺の分をヤザに差し出す。

「これ」

「これは?」

「パンだ」

「……」

 ヤザが俺の差し出した手を見つめていたので、もう少し手を伸ばしてみせた。

「娘さんが、貴方の事を心配して、食べてって言っているのよ」

 いつの間にか後ろに立っていたサオリが笑いながら言った。

「それは分るが部下を放って置いて俺だけが食べる訳にはいかないし、そもそも、このパンはお前たちの分だろう」

 サオリが俺の隣に座り、リュックをひっくり返すようにパンを袋ごと取り出す。

「沢山あるから皆で食べましょうと言う事よ。ホント貴方の娘さんは何かにつけて言葉足らずで困るわ。子供の時に、一体どういう育て方をしたらこんな女の子になるんでしょうね」

「「すまない」」

 サオリの言葉にヤザと俺が同時に答えてしまい、またサオリに笑われた。

「本当に、いいのか?君たちの食料だろう?」

「いいのよ。私たちなら、お腹が空けばいつでも買い物に行けるわ。それに貴女の優秀な娘さんは、もう監視の厳しい日中でも奴らに見つかることなく、ここから街へ行く事が出来るルートを見つけ出したみたいですよ」

「さすがだな」

「ありがとう。だが、そのルートはオフロードバイクがあるから走る事が出来ただけだ」

「使われていない崩れた林道だな」

「知っていたのか」

「当たり前だ、何年ここで戦っていると思う」

 イラクを去りザリバン本部に向かう日、偶然街で出会ったのは、もう4年も前のこと。

 あの街でヤザと別れたその直後に、サオリが直ぐ目の前で爆弾テロに会い、俺の前から姿を消した。

 サオリの爆弾テロはPOCの一味になる事を決めたミランと、サオリとの戦いに俺を巻き込みたくなかったための偽装だったが、何も知らなかった俺は直前で姿をくらましたヤザがサオリを俺と引き裂くために殺したと勝手に勘違いして、その後ヤザの命を狙うために外人部隊に入隊する切掛けになる。

 そして俺たち3人は、あのザリバン高原で再び出会い、ヤザがサオリの命を狙ってはいなかった事も、サオリが生きていたことも知った。

 テロで両親を亡くし、テロで優しかった義母のハイファを亡くし、またテロで義父のヤザや赤十字で面倒を見てくれたサオリと別れてしまった俺が、テロ掃討作戦によって再び出会う。

 どうやら俺はテロと縁が深いようだ。

 ヤザが仲間を呼んでパンを分け与えている光景を、そう思いながら黙って見ていた。

 皆が俺たちに感謝の言葉をかけて、また持ち場に戻る。

 まだ子供だった俺を連れてザリバンに居た時は、まるで砂漠の狼の様にギラギラとした警戒心丸出しの目を光らせていたと言うに、今目の前に居るヤザときたら取りに来る一人一人の部下に労いの言葉をかけて、まるでお父さんみたいじゃないか。

 イラクを襲ったあの忌まわしい戦争さえなければ、ヤザは今目の前に居るヤザの様に優しいままで、あの土間と壁と屋根だけで作られた家でハイファと共に朗らかに暮らして居るのだろう……。いや、ヤザは努力家だから屹度大工の棟梁になって、真っ白なプール付きの豪邸に住んで居るだろう。

 けれども、そのプールで遊ぶのは俺ではない。

 ハイファのお腹から産まれたヤザとハイファの子。

 あの戦争が無ければ、俺も両親を失う事はなく、ヤザやサオリたちとは永遠に出会う事も無かったのだろう。

「どうやってアメリカでテロを行うのですか?」

「ナトーとの会話を聞いていたのか」

「ええ」

「だが話せない」

「分かりました。貴方の口から話せないのであれば、私が話しましょう」

 サオリの言葉に、ヤザの顔が変わった。

「アサムの命に万が一の事があった場合の決意を彼等から聞かれた貴方は、そこで今ナトーに話したのと同じことを言った。違いますか」

「……」

 ヤザは何も答えない。

 理由は誘導尋問だと思っているから。

 答える事によって、相手が知らない情報を与えて推理され答えを導かれる。

「彼等は全力を挙げて協力すると誓った。具体的な出国の仕方は色々あります。例えば一旦中国へ入り新彊ウィグル人に成りすまし、そこから広州に渡り漁師に交じって港を出る。船は、悪名高い遠洋漁業船団」

 今迄ヤザから目を離していたサオリが急に振り向くと、サオリの横顔を見ていたヤザが目を逸らした。

 我が義父ながら、男の子だと可愛らしく思う。

 大部分の男は嘘が下手。

 平気で嘘を付けるのは、女みたいな奴らだけだ。

「広州から出た船団は、広い太平洋を渡りメキシコ沖まで行き、そこで予め買収しておいた船に移る。その船は港に着く前に、今度はメキシコ近海で偽装操業をしている漁船に貴方たちを受け渡し、漁港に着いた後はカルテルの組織が手引きでアメリカ本土に密入国をする。どう、合っているかしら?」

「知らん!……第一、重いミサイルや爆薬は、どうやって運ぶつもりだ!?」

 ヤザがサオリを睨み、怒鳴る。

 顔は真っ赤。

 額には汗。

 こう言う純心な所に死んだ義母のハイファは惚れたのだろう。

 昔から不思議に思っていた事がある。

 それは美人で聡明なハイファが、何故ヤザの様な貧しい大工と結婚したのか。

 後で知った事だがハイファはバビロン大学を卒業している才女。

 しかし実際いま目の前で己の企みをサオリに暴かれ様として困っている姿を見せられると、その気持ちもわかるような気がしてきた。

 ヤザのこう言う仕草は純心で可愛い。

 男同然に育てられた俺でさえ、母性が擽られるのだから、お嬢様育ちのハイファにとっては尚更だっただろう。

「ナトちゃんなら、どうする?」

 他所事を考えている事が分かったのか、急に話を振られた。

 武器の輸送の件。

「武器は運ばない」

「何故だ。俺たちは武器も持たずに戦うのか?!」

「POCは武器商人だ。現地……いや、現場で手渡せばそれでいい。テロを実行する直前でヤザたちに渡し、確りテロを実行し、そして確実に死ぬところを見守っておけば、その後にもし捜査の手が伸びたとしても如何様にも言い訳が出来る」

「もしも、仲間の誰かが生け捕りにされたとしたら、どうする?!」

 ヤザの真面目な質問に思わず鼻からフッと息が漏れそうになった。

「それはない」

「何故だ!」

「生き残りそうになった時には、POCが殺すから。言っただろう、見張っていると」

 ヤザの目が一瞬何もない空間をさまようのが見て取れた。

 動揺。

 そう。

 それは俺が最後に言った一言がPOCと俺とで違っていたから。

 おそらくPOCからは“英雄の最後の姿を、世界各地で戦っている同胞に伝えるように見守る”とでも言われていたのだろう。

 しかし、そんな事をしていたら、見守っている人間も共犯者の一人になってしまうから、絶対にそんな甘っちょろい事はあり得ない。

「まんまと口車に乗せられるところだったな」

 容赦ない俺の言葉にヤザは項垂れて、洞窟の土を両手で鷲掴みにした。

「仕方ないわよ。白人の武器商人は、昔から嘘つきで卑怯者と相場が決まっているのだから。戦闘ばっかりじゃなく、たまにはスパイドラマくらい観て、勉強しなくっちゃ」

 場を明るくするためにサオリが冗談を言った。

 だが、ここでヤザが意外な事を俺たちに教えてくれた。

「俺たちに話を持ち掛けてきたのは中国人の女だ」と。

 これに対してサオリは特別に興味を示さないで、ただ「珍しいわね」と、だけ答えたが俺は違う。

 何か物凄い違和感を覚えてしまった。

 “中国人の女……”

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