治療①
バイクを置いた場所から5時間かけてここに来た道を、そのまま引き返す。
隠してあった所に、そのままバイクはあった。
ガソリンの確認をすると、まだ半分くらいは残っていた。
今は日中だから引き返すのは危険すぎる。
地図を見ながら先に進み途中の狭い林道伝いに折り返した。
未舗装の道には、所々崖が崩れた場所や落石で道路が塞がれた場所があったが、軽いオフロードバイクだったので何とか通る事が出来た。
林道を20キロほど下ると、民家のある田舎道に出た。
道幅が少し広くなった程度で、この道も未舗装で凸凹している。
有難いのは、落石などで道が塞がっていない所。
夕方になって、ようやく麓に降りる事が出来た。
ガソリンを入れ、公衆電話からサオリに連絡する。
「あっ、ナトちゃん。今どこ?」
「今、大丈夫か?」
「全然大丈夫よ」
「ポレ・ホムリーだ。これから戻るが、まだ5時間は掛かる。アサムが怪我をしているので医薬品を買っておいてくれないか。あいにく持ち合わせがない」
「いいよ。今街に入った所なの?」
「そうだけど、なにか?」
「じゃあサイロ通りに入った先に有るベーカリー屋で待っているから」
「えっ!?サオリ。もうこの街に入っているのか?」
「そうよ。アサムの居場所が分かった以上、少しでも近い方が良いでしょ」
「しかし、どうやって移動した?」
「フフフ。ヒッチハイクよ」
「なるほど……。P子は?」
「今、ホテルに居るよ」
「分かった。直ぐそっちへ向かう」
移動手段にヒッチハイクを使うとは思いもつかなかった。
おそらく見張っていたPOCも驚いている事だろう。
もっとも俺たちが、どこかに姿をくらましたと言うより、単純にどこかに遊びに行ったと思っているに違いない。
何故なら、俺たちは怪しまれるような証拠は、何も残していないのだから。
電話を切って5分ほどでサイロ通りに入ると、直ぐにサオリを見つけた。
大きなパンの袋を手に持ったサオリを乗せて医療品販売店へ向かう。
「アサムの容体は?」
「大腿部を撃たれて、傷が化膿している。熱も高いので敗血症が心配だ」
「わかったわ。じゃあ医療品販売店じゃなく、病院に向かって」
「病院?ここでは病院で医薬品を売ってくれるのか?」
「もう。忘れないで、私は赤十字の医師よ」
病院に入ると、サオリは赤十字の医師である証明書を見せて、色々な薬剤や機材などを調達しているのを傍で見ていた。
さすがに医師だけの事はある。
イラクの赤十字キャンプでサオリたち医師の手伝いをしてきて、症状や状態、それに治療に必要な物はある程度察しが付くが、レベルが違う。
医療も介護も病名や症状によって、これと言った絶対な物はない。
年齢や性別、体力や生活環境、それにその患者の性格なども深く関わってくる。
テキパキと医療品を調達しているうちに、あっと言う間に持っていたバッグが一杯になった。
その中でも一番大きいのは酸素吸引機。
「これじゃあ、バイクの後ろに乗るのは無理だな」
「いいよ。歩いて帰るから」
「ホテルは近いのか?」
「この裏よ」
「裏?……ひょっとして」
「そうよ。P子があの場所に降りた時から、予感があったの。アサムが潜伏するには町に近すぎるでしょ」
「じゃあ何故、俺を行かせた」
昔からサオリはジャンケンでパーを出す確率が高い。
真夜中にバイクで潜入するのは、外人部隊で鍛え上げた俺の役目だと思い、それを見越してチョキを出したのだ。
「だって、バイクは乗れるけど、オフロードバイクで荒れ地を登ったことは無いから、先ずナトちゃんに行ってもらったのよ。ナトちゃんならバイクを見つからない場所まで移動して、隠れ家に向かう事も出来るでしょ」
衣料品を抱えてホテルに戻って作戦を練った。
「P子に付けたカメラの分析結果から、検問は峠の入り口と出口の40㎞間に2カ所設けられていて、それぞれがこの2日間午前4時に始まり午後8時に終わっているわ。その間、1時間おきに峠の両側から車両を出してパトロールをしている。午後8時から翌朝4時までのパトロールは2時間おきよ」
「深夜はパトロールだけなんだな」
「そうね。おそらく彼等もアサムたちが、ある程度奥深い所に隠れて居ることは感付いているのでしょう。暗い中、山の中に入るのは危険だし、その中で傷ついたアサムを搬送するのは、もっと危険で時間も掛かると言う事を」
「しかし24時間体制の方が、厳重に見張れるはずだろ?」
「厳重に見張った所で、侵入者は取り締まれるけれど、アサムの隠れ家は分からないでしょ」
「と言う事は、奴らはある程度誘いを掛けているって事か?」
「居場所が掴めないから、隙間の時間を作って誘き出しを狙っているのでしょうね」
「じゃあ、どうやってこの医療道具を届けに行く?車で行くとバレてしまうぞ」
「もちろんバイクで行くわよ」
「もう1台調達するのか?」
「いいえ、1台だけよ」
「積めるのか?」
「あら、意外に積めるものよ」
日が落ちてからバイクに二人乗りして、峠を目指した。
俺はリュックを胸の方に担いで、サオリは背中に担いだ。
酸素ボンベは、サオリのリュックに縛り付け、その他の物はシートの両側に振り分けた。
意外に乗るものだ。
峠の登り口でパトロールする車が戻って来るのを隠れて待ってから出発した。
さすがに荷物を含めると3人乗りに近い重量になるので、このオートバイには負荷が大きすぎて坂道を登らない。
「ナトちゃん、もっとスピードを上げて!これじゃあ、人が走っているのより遅いわよ」
「だって、重すぎるんだもの!」
「嘘!オートバイって、こんなに力がないのに時速200キロ以上も出るの?」
「あー時速200キロ以上出るのは1000㏄クラスのバイクだから」
「あら、じゃあこのバイクは何㏄なの?」
「200㏄だと思うよ。サイドカバーに書いてあったから」
「200って言えばコップ1杯じゃない。そんなので走れるの?」
「オフロードバイクは大体200㏄から450㏄が主流だよ」
「なんで1000㏄は無いの?」
「無い事はないが、1000㏄の図体ではオフロードは走れない。オフロードバイクは低速の出力と軽さが必要なんだ」
そうこうしている間に、昨日のポイントに着いた。
サオリに降りてもらい、俺はリュックを背中に担ぎなおして昨日バイクを隠したところまで乗って行った。
サオリが後から付いて来るが、その距離はドンドン開いて行く。
バイクを隠し終わって、しばらくすると、ようやくサオリが追い付いた。
「なるほど、この200㏄のバイクは、スピードは出ないけれど凄いわね。岩場なんてへっちゃらで、スイスイ登って行く」
「そう言う造りなんだよ」
昨夜と同じルートで山道を5時間かけて歩き、やっとアサムの隠れ家に着いた。
ここまで来て初めてサオリがニカブを着ていない事に気が付いた。
これではザリバンの連中はサオリがターニャだと言う事が分からない。




