包囲網
米軍のキャンプ地で行われた会議には、多国籍軍として駐屯しているイギリスやイタリア、スペイン、オーストラリアなどの他、NATO(北大西洋条約機構)の教育隊も参加していた。
「やあローランド。君が参加してくれるのなら、もうグリムリーパーに悩まされることはない」
グリムリーパー暗殺作戦の指揮を執る、アメリカ軍のトライデント大佐はドイツ連邦軍のローランド中尉の思わぬ参加にご機嫌だった。
なにしろドイツは今回多国籍軍として派兵していなかったので、ローランド中尉の参加を熱望しても叶わないと思っていた。
そこにNATO軍教育隊として参加しているドイツ連邦軍随一の狙撃手で、先に行われたオリンピックのライフル射撃競技で絶対王者の称号を持つフランス警察のピエール・ベルモンドをあと一歩の所まで追い詰めたこの男が参加してくれたのだから喜ばずにはいられない。
「ジョンの事は残念です」
「ああ、彼までやられるとは思ってもいなかったよ。あの砂嵐の中で我々が想定して警戒網を張っていたのは拠点から半径300m、奴はその想定警戒網を遥かに上回る800m先から撃って来たんだから」
死んだジョンもまたオリンピック代表選手として、何度もローランドと競い、しのぎを削っていた。
「手強いぞ」
「相手にとって不足無し。と言いたいところですが、確かに手強そうですね」
「君みたいに優秀な狙撃手が参加してくれて、心強いが無理をする必要はない。もう聞き及んでいるとは思うが、今回は二段作戦で行く。つまり通常の狙撃手と監視員のペアに付け加えて通信員を付ける。だから無理にグリムリーパーを狙わなくとも発見して報告してくれれば、その座標をもとに砲兵部隊が奴の潜んでいる場所を根こそぎ砲撃する」
「何があっても、叩き潰すと言う覚悟ですね」
「いや、君の腕なら先ず間違いはないだろうが、許してくれたまえ」
「いいですよ。なにせ仲間を100人以上殺したバケモノ級のスナイパーですから、どんな手を使ってでもここで仕留めるのは当然です。だから我々も優秀な通信員兼着弾観測員を同行させます」
「ありがとう。頼んだぞ」
「はい。ご期待に添えるように頑張ります」
ローランド少尉はトライデント大佐と硬く握手を交わした。
*ラマディー郊外の住宅地*
その日は昼前から、やけに狙撃銃同士の撃ち合いが街の至る所で聞こえていると思っていたら、案の定俺はヤザに連れられて敵の狙撃兵が潜む街に駆り出された。
路上には敵の狙撃兵により、民兵が7人も路上に横たわっている。
敵の狙撃兵に対抗するために駆り出された我々の狙撃兵は、既に17人も遣られていた。
何故この様な狙撃兵同士の打ち合いになったか?それは路上に倒れている一人の死体が持っている鞄が原因。
鞄の中には、多国籍軍による反政府勢力掃討作戦の計画書が入っているのだと言う。
路上に平伏して死んでいる男が、どうしてそれを手に入れたかは知らないし、何故多国籍軍がいつもの通り装甲車や歩兵を使って取り返しに来ないのかも分からない。
だけどその鞄をめぐって、既に民兵7人と、狙撃兵17人の計24人が殺されている。
現場に着いて直ぐにヤザは、俺に建物の奥に隠れて待つように言って、どこかに消えた。
俺は言われた通り、隠れてヤザを待つ。
暫く姿を消していたヤザが、5歳くらいの男の子と手を繋いで現れた。
俺には久しく見せた事も無い優しい笑顔で、その子を抱き上げ俺の顔を見下すが、羨ましくも何ともない。
俺が目を背けると、ヤザは俺の顎を無理やり掴み「見ろ!」と命令する。
そして、その子に向けて優しい顔で言った。
「向こうで、お昼寝しているオジサンの鞄を取ってくればチョコレートを好きなだけあげるよ」と。
男の子は嬉しそうに「ありがとう!」と笑顔で答え、倒れている男に向かって一目散で走って行く。
俺は行こうとする男の子を止めようと、その子に手を伸ばせたが、その手はヤザによってピシャリと叩かれて届くことはなかった。
代わりにヤザは俺の頭を掴むと、走って行く子供の方に向け「よく見ていろ!」と言う。
男の子は、誰も通らない通りをさも愉快そうに走り、倒れている男の横に座る。
そして鞄を取ろうとして屈む。
俺の頭を掴んだまま、ヤザが言う。
「手じゃねえ、見るのはあの子の頭」だと。
「次は子供だぞ! どうする?」
「子供じゃあしょうがないのと違うか? ハンス准尉、一応確認を取ってみてくれ」
ローランド中尉のスコープが子供を捉え、それを双眼鏡で確認した監視員が通信員に本部に確認を取るように促す。
返って来た答えは“バックを手にしたら射殺しろ”だった。
「ハンス、もう一度確認しろ! 相手はまだ5歳くらいの子供だ。戦争には関係ない!」
ローランド中尉が怒鳴るように通信員に再度確認を求めた。
しかし、返ってきた答えは同じ。
「貸せ!」
通信員からマイクを掴み取り、自ら確認するローランド。
だが、答えは同じ。
“子供だから撃たない”が、まかり通ると、今度から敵は子供を前線に送り込むようになる。そして、ここで誘き出すはずのグリムリーパーさえも逃がしてしまう。
たしかに、その通りだが、まさか自分が戦場で子供を撃つ日が来るとは思っても居なかったローランド中尉は激しく動揺した。
「俺に子供を撃たせてまで仕留めなければならない敵の狙撃兵とは、いったい何者なんだ!?」
納得はいかない。
だが任務。
命令は絶対だ。
射撃大会で何度も的を撃った。
駆り出されてハイジャック犯も撃った。
だけど、子供なんて撃ったことはない。
「これが、戦場」
動揺する気持ちを抑えて、銃を構え直しスコープを覗くと、そこには鞄を手に取り無邪気に笑う幼い子供の笑顔が映し出された。
男の下敷きになっていた鞄を上手に外し、それを得意そうにヤザに見せるため腕を上げた。
チョコレートが貰える嬉しさで、この上もない程の笑み。
なにも疑っていない、純粋な子供の笑顔。
次の瞬間、男の子の側頭部から赤いものが噴き出して、横の地面に砂ぼこりが上がる。
地面に倒れた男の子の鼻孔からは、水を吹き出すような勢いで血が流れ、乾いた砂の上に溢れて行く。
1.3秒遅れて“パン”という乾いた発射音が響く。
「掴めたな!?」
ヤザが俺に確認した。